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創出版: 2012年7月アーカイブ

今月初めに書き下ろしの新刊『生涯編集者』を上梓しました。月刊『創』の編集長として体験してきた30年余をつづったものですが、単なる回顧が目的でなく、この何年か危機が叫ばれている雑誌ジャーナリズムの現状について改めて考えてみたいと思ったのです。
『創』はもともと1971年創刊で、60年代末の新左翼運動の流れを組んだ雑誌でしたが、1982年の商法改正で『現代の眼』を始めとした新左翼雑誌群は一気に壊滅。『創』についても当時のオーナーが休刊を宣告したのでした。経営の都合で雑誌が廃刊していくという当時のその状況に反発して、編集部が『創』を継続発行することにし、興したのが創出版でした。当時、私・篠田はまだ20代で、資金力があったわけでもなく、「どうせ1年ももたないだろう」と言われていたのですが、気がついてみれば今年で30年も『創』を出し続けたことになったわけです。
70年代というのは、左から右まで、あるいはサブカル系の雑誌も含めて、言論の多様性がいまよりはるかにあった時代でした。多様な言論の確保というのが、テレビなどのマスメディアと異なる雑誌メディアの特性ですが、この何年か、ジャーナリズム系の雑誌が次々と休刊していくという状況は、その点からも非常に大きな問題といえます。もともとジャーナリズム系雑誌はそれほど儲かるジャンルではないし、経営的視点から判断すると休刊になって不思議はないのですが、だからといってそれを次々となくしていくという出版界の現状は、本当にそれでよいのだろうかという疑問を禁じ得ないのです。

『生涯編集者』は、連続幼女殺害事件の宮崎勤死刑囚や、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚との10年以上に及ぶ関わりや、武富士の盗聴事件を追及して裁判闘争にいたった経緯などを書いたものですが、それを通して雑誌ジャーナリズムの原点とは何なのか、雑誌に限らず、ジャーナリズムはいま、市民の立場に立って権力を監視するという原点を見失いつつあるのではないか、というのを提起した本です。
 『生涯編集者』の最終章「雑誌ジャーナリズムの苦境」に書いた一節を引用します。
《2008年頃から、総合誌が次々と休刊になっている。月2回刊だった『ダカーポ』(マガジンハウス)が08年1月2日号で休刊、『論座』(朝日新聞出版)、『KING』(講談社)が10月号で休刊、『月刊プレイボーイ』が11月発売の09年1月号で休刊、そして『月刊現代』(講談社)が12月発売の09年1月号で休刊となった。年が明けてからも『諸君!』(文藝春秋)が09年6月号で休刊となった。
特に波紋を投げたのが『現代』の休刊だった。というのも、総合月刊誌では断トツのトップを走る『文藝春秋』が、かつてのような調査報道型ノンフィクションをあまり載せなくなったこともあって、『現代』がノンフィクションの最後の牙城、と言われていたからだ。同誌の休刊は、今後、ノンフィクションライターたちの発表の場が極端に少なくなったことを意味した。》
《最終号となった『現代』1月号では、様々なライターや作家が思いを綴った。巻頭を飾った「潜思録」で、辺見庸さんが痛烈な一文を書いていた。
「戦前戦中は国家権力が有意の雑誌、単行本を多数発禁処分とし、戦争協力に積極的な翼賛新聞、出版物を大いにとりこんで国策宣伝に利用した。いまは権力の弾圧などいささかもないのに、伝統ある各雑誌がただに売れないからといって版元みずからあっさり休刊、廃刊をきめる。とくだんの"たたかい"も苦悩もなさそうである。」
 この一文を最終号の巻頭に載せたのは、もちろん辺見さんの意向であると同時に、編集部の苦悩の反映でもあるのだろう。講談社ではその年の4月、会社全体で雑誌部門の根本的見直しを行うことが決定された。そしてその見直しには「聖域を設けない」とされたという。『現代』の赤字は年に3億から5億と言われていた。講談社全体が儲かっている時代なら、そのくらいの赤字は許容されたのだろうが、会社全体が苦境に陥るなかで、ジャーナリズム部門を担う第一編集局においては、『週刊現代』も赤字になったため、これ以上支えきれない、と会社が判断したらしい。》
 《マンガ雑誌も総合週刊誌も次々と赤字に転落していくという、現在の出版界において、雑誌休刊が相次ぐのは不思議なことではない。しかし、「聖域を設けない」つまりどの雑誌も経営的な判断で存否を検討していくとなると、もともと採算性の低いジャーナリズムやノンフィクションといったジャンルは、真っ先に消滅していくだろう。本当にそれでよいのだろうか。出版界が厳しい今だからこそ、そういう問題を根本的に考えねばならないのではないだろうか。》

最後に『生涯編集者』の目次から各章のタイトルを紹介しておきます。
新左翼系=総会屋系雑誌の壊滅/家内制手工業の日々/皇室タブーと右翼の攻撃/
イトマン事件と家宅捜索/コミック規制反対の闘い/差別表現と「断筆」めぐる合意/
三田佳子さん二男の薬物事件/麻原元教祖三女の入学拒否事件/
和歌山カレー事件・林眞須美死刑囚/武富士盗聴事件と裁判闘争/
奈良女児殺害・小林薫死刑囚の手記/宮崎勤死刑囚の突然の刑執行/
三浦和義さんの謎の死/映画「ザ・コーヴ」上映中止騒動/田代まさしさんの薬物事件/
雑誌ジャーナリズムの苦境           (篠田博之)

はためく日の丸.jpg
 ネット右翼と言われるグループの抗議行動を受けて、5月22日に主催者側が中止にしてしまった新宿ニコンサロンでの慰安婦写真展だが、6月22日、裁判所の仮処分により、再び開催が決定。6月26日から7月9日まで展示が行われている。
 6月26日の開催初日には、新宿西口駅前には右派グループの掲げる日の丸が林立。「在特会」「主権回復をめざす会」など、映画「ザ・コーヴ」上映中止事件でも抗議行動を展開したグループが会場に抗議に押し掛けた。
混乱を理由に再び写真展が中止になるのでは、と懸念する声もあったが、警官や警備員が多数動員され、荷物の中まで開けさせるという、過剰ともいえる警備が行われたこともあり、最悪の混乱は避けられた。在特会の桜井会長らが会場に入って、写真家の安世鴻(あんせほん)さんに詰め寄るなど緊迫した場面もあったが、何とか乗り切れた。安さんは、「表現の自由を守る」という意思表示のため、初日はもちろん、その後も会場に連日姿を見せている。
 2日目以降は大きな混乱もなく、中止事件について報道で知った市民らが連日大勢、足を運んでいる。
 裁判所の決定に対してニコン側は異議申し立てを行ったが、それも却下された。ニコンに遠慮して、日本ではJVJA(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)以外は写真家団体も何の態度表明もしていないが、イギリスなど海外では写真家らが抗議声明を発するなど反響が広がっている。6月22日の裁判所の決定についても、日本の新聞は朝日・東京は大きく報道したが、読売・産経・日経などはベタ記事。慰安婦問題が何となく日本ではタブーになっている状況を反映した。 その後も海外報道機関は、この問題を活発に報道しているようだ。

 日本の言論・表現をめぐる状況を映し出したこの事件、とりあえず7月9日までは写真展が開催され、会場に安さんもいるので、近くへ行かれる人は足を運んでほしい。
象徴的なのは、ネットで写真展を非難する騒ぎが5月19日の朝日新聞中部版をきっかけに起きてから、わずか3日でニコンが中止を決定してしまったこと。そして、仮処分の過程で明らかになった中止理由が「写真展の政治性」だったこと。つまり、抗議がくるような政治的なテーマについては、写真展を開催しないと言ってしまったようなもので、言論表現の閉塞状況がますます深刻化しそうな気配なのだ。
この問題が悪しき方向に教訓化されないように、何が問題なのか、もっと活発な議論がなされることを期待したい。
一連の詳しい経緯については、7月6日発売の月刊『創』8月号で報告している。