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創出版: 2006年10月アーカイブ

 控訴期限の切れる本日、突如、小林被告が控訴取り下げを行った。1人殺害で死刑もあり得るという前例を作ったこの判決が遂に確定してしまったわけだ。既にきょうの経緯についてはマスコミ報道がなされているが、『創』編集部にもたくさんの取材が入った。6日発売の『創』11月号で小林被告は正式に遺族への謝罪を行っている。もっとも、そういう謝罪をしても「謝罪もしないまま」と常に報道されるといった状況に、本人ももう何を言っても無駄だと絶望的になったようで、結局、自ら死を選んでしまったわけだ。

『創』には死刑判決の後、9月27日付と10月4日付の手紙が届いており、思い悩んでい る心情がつづられていた。その一部は本日、幾つかの報道機関に公開した。全文は次号12月号に載せるとともに、今回の控訴取り下げに至る葛藤も活字に残すつもりだ。
 確かに「どうせ自分は死刑だから」と事実認定について争うことをしなかったり、小林被告の態度にも問題点は多かったのだが、この事件の背景や彼の心情が十分に明らかにされないまま、ただ死刑という結果だけで幕がおりてしまうのは残念だ。彼の生い立ちや家庭環境の解明、社会に出てからも疎外され、犯罪者へと追い込まれていった小林薫という人間がどうしてそうなってしまったのかという解明なしには、この事件から社会が教訓を得たとは言い難い。その点については、極めて不十分な裁判だった。

 小林被告の死刑判決をめぐる報道の中でぜひ多くの人に読んでほしいのは、毎日新聞で作家の高村薫さんが述べていた感想だ。これはぜひ小林薫被告にも読んでほしいと思ったのだが、思うところあって、判決報道の全部はまだ彼に送っていなかった。ぜひこの記事だけでも明日にでも送ろうと思う。ただ、もうそういう議論をするにも手遅れになってしまったわけだが。
 家族崩壊を象徴する事件が頻発している今日、それゆえに小林薫に極刑をという声も多かったわけだが、本当に今必要なのは、どうしてそういう人間が生まれてしまったのか、家庭や学校などどこに問題があるのか、徹底的に事実に即して解明することだと思う。死刑を望んでいる犯人を処刑したとしても本当に裁いたことになるのか、事件が解決したことになるのか、疑問である。 
(文責・篠田博之『創』編集長)

↓月刊「創」11月号に掲載された謝罪文の一部↓

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