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篠田博之の「週刊誌を読む」

異端の表現者 再び標的                                                      「天皇伝説」上映中止相次ぐ

 十一日朝、携帯電話の電源を入れると、渡辺文樹監督の妻から留守電が入っていた。早朝四時すぎに監督が逮捕されたという。

 嫌な予感はあった。連休でその週は十日水曜日に発売された『週刊新潮』9月18日号が「天皇家のタブーに挑んだ超過激映画『天皇伝説』」と題して、渡辺監督を大々的に取り上げていたからだ。

 十七日から代々木八幡区民会館で公開予定の渡辺監督の「天皇伝説」は、天皇批判の超過激映画との内容だ。「右翼が怖いといっても、あいつらは別に何もしませんよ」という監督の挑発的コメントも載っていた。発売直後から右翼や公安が大きな関心を抱いたことは間違いなかった。

 そして翌朝、監督は映画のポスターをはっているところを、尾行していた公安警察に逮捕された。ポスターを許可なく掲出したという軽犯罪法違反容疑だった。追い打ちをかけるように同日、手続き不備を理由に上映会場の使用を取り消す通告が渋谷区から届いた。監督は十二日に釈放されたが、結局映画は上映中止になった。

 『週刊新潮』が煽り、映画公開が中止に至った例としては、この春の映画「靖国」をめぐる騒動が記憶に新しい。このときは大きな社会的議論がわき起こり、映画はその後公開された。しかし、今回はテーマが天皇タブーだし、ことはそう簡単ではない。

 渡辺監督は、天皇暗殺をテーマにした以前の作品「腹腹時計」でも右翼の激しい攻撃を受け、各地の上映会場で騒動になった。会場使用を取り消そうとする自治体には裁判所に仮処分を申請し対抗。上映当日は右翼の街宣車が押しかけ、公安が警備にあたる物々しい雰囲気の中で、監督自ら映写機を回した。渡辺監督は、映写機を車に積み、妻と娘の家族全員で全国を行脚する独特の自主上映を続けてきた。逮捕も今回が初めてではない。

 「靖国」の上映中止は、右翼がたいした攻撃もしていないのに、おびえた映画館が自己規制した結果だ。そこまで「表現の自由」が脆弱になった日本社会で、渡辺監督のような異端の表現者を許容する風土は既に存在しないのだろうか。「天皇伝説」は上映中止が相次ぎ、首都圏では上映のめどがたっていない。