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篠田博之の「週刊誌を読む」

“女王”の支配も及ばず/「細木バトル」訴訟に発展

 トリッキーだ。秋田県男児殺害・死体遺棄事件の容疑者が取材陣に食ってかかる映像が繰り返し放送されるのを見て、そう思った。

 彼女は現場にいた記者やカメラマンに抗議をしているのだが、カメラに向かう彼女の攻撃はそのままテレビの画面を通じて流され、彼女の反社会性や攻撃的性格を示すものとして、ある種の印象がつくられていく。

 しかし、田舎の小さな家にマスコミが大挙押し掛け、四六時中張り込んでカメラを向ければ、容疑者が恐怖を感じて反発するのは当然だろう。

 この一週間、この事件についての報道は洪水のように流された。連日の報道を見ながら疑問を感じたことも多い。前回本欄では先行した週刊誌報道について苦言を呈したが、問題なのは週刊誌だけではない。

 前回の記事でひとつ訂正をしておこう。マスコミが取材自粛措置をとったのが五月二十七日からであるかに書いたが、実際は二十五日からだったようだ。今回の集団的過熱取材(メディアスクラム)についても議論すべきことは多いのだが、本稿の趣旨とずれるのでこのへんにしておこう。

 ということで突然、細木数子をめぐるバトルの話に入るのだが、週刊誌がにわかにこの話題で盛り上がっている。「週刊現代」がジャーナリスト溝口敦さんによる細木批判の連載「魔女の履歴書」を始めたのに対抗して「週刊文春」が細木の反論を連載しているのだが、ついにバトルは訴訟にまで発展した。

 「週刊現代」6月10日号で「細木数子は暴力団最高幹部に私の原稿つぶしを依頼した」と、告発に圧力がかかっていたことを溝口さんが暴露すると、細木側は「週刊文春」で、それを事実無根だとして六億円の高額訴訟を起こすことを公言。それに対し「週刊現代」6月17日号は「本誌を6億円で訴えて赤っ恥をかくのはあなただ」と反撃を行った。 両者のケンカに「週刊新潮」も参戦した。6月8日号で「細木数子『ポン引き論争』を嗤(わら)う『ウソ説教』『恫喝(どうかつ)鑑定』『1000万円墓石』」と題して細木批判を展開。「FLASH」や女性週刊誌も関連記事を掲載するなど、騒動は拡大の一途をたどっている。

 「視聴率の女王」と言われ、テレビメディアをほとんど支配してきた彼女だが、週刊誌までは支配できていないことを、この騒動は証明した。この難局を、彼女はどう乗り切るのだろうか。

東京新聞 2006.06.12掲載/メディア批評誌「創」編集長・篠田博之

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