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篠田博之の「週刊誌を読む」

「松本サリン」の教訓なく/過熱した「秋田児童殺人」報道

 まさに「報道先行」だ。秋田県で四月九日に水死体で発見された畠山彩香ちゃんと五月十八日に川沿いで遺体が発見された米山豪憲君の連続死をめぐる過熱取材と週刊誌報道である。

 最初は『週刊新潮』6月1日号だった。「新聞が書けない『秋田の児童殺人』 犯人はわかっている!」と題した特集で「『悲劇の両家』の間にはトラブルが起きていた」「『子供は苦手』でほったらかしだった彩香ちゃんの母親」「『動機・物証は…』誰もが口にする『真犯人の名前』」など意外な人物が犯人視されている事実を伝えた。

 問題になることを怖れてか曖昧な書き方をしているものの、記事を読めば疑われているのが彩香ちゃんの母親であることがわかる。当時彼女が滞在していた実家には報道陣が殺到し、張り込みを行った。「家の敷地を20㍍ほど隔てた向かい側に20近い脚立が並べられている。そこにテレビカメラや望遠レンズ付きのスチールカメラが放列をなし、報道陣の目がただ一点、その家の玄関に注がれているのだ」(同誌)

 集団的過熱取材として問題になった九八年秋の和歌山カレー事件の林夫妻自宅前と同じ状況だ。但しこの数年間、メディアスクラム対策が議論されてきたことを受け、今回は母親とマスコミの間で話しあいがなされたようだ。五月二十七日の四十九日法要を機に母親が会見に応じ、マスコミはそれ以降取材を自粛することになったらしい。

 ただ週刊誌報道の過熱ぶりは止まらなかった。『週刊現代』6月10日号は「畠山彩香ちゃんの母親と『ネグレクト』」と題して、母親が育児放棄(ネグレクト)をしていたというネガティブ報道を行った。それに対してライバル『週刊ポスト』は6月9日号で「彩香の母は豪憲くん殺しの犯人ではない」と反対の論陣を張った。新聞社系の『週刊朝日』『サンデー毎日』もそれぞれ「母親が激白『私は犯人じゃありません』」「彩香ちゃんの母親が独占告白」と母親の反論を掲載した。   しかし、母親叩きであれ弁護であれ、結局は彼女に疑いがかかっているという事実を多くの人に知らせる結果になったことは確かだ。さらに『アサヒ芸能』『フライデー』に至っては、もっと激しいプライバシー侵害報道を行っている。

 この報道合戦はどう見 ても問題だ。松本サリンの河野義行さんの事例はいまだに教訓化されていないのだろうか。 

東京新聞 2006.06.05掲載/メディア批評誌「創」編集長・篠田博之

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