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映画『主戦場』めぐる上映差し止め要求側と監督ら制作側との応酬はどうなる

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 日本ではタブーになっていると言ってもよい慰安婦問題をテーマにした映画『主戦場』が話題になっている。4月下旬公開からしばらくは映画館が立ち見状態で、上映館が全国に広がった。 その後、5月30日に、この映画に出演した藤岡信勝、藤木俊一、山本優美子の3氏が記者会見を行い、映画を批判。ケント・ギルバート、櫻井よしこ、加瀬英明、トニー・マラーノ氏ら7人による共同声明「映画『主戦場』の上映差し止めを求める」が発表された。

 主戦場会見.JPGのサムネイル画像それに対抗する形で6月3日には、ミキ・デザキ監督、配給会社・東風の代表、弁護士が会見を行い、反論した。会見の参加者は前者が30名ほど、後者が70名ほどだった。上映中止を求める動きが起きたこともあって、後者の会見は立ち見が出る状況となった。参加した報道陣も一般紙やテレビ局のほか、『正論』など多彩な顔ぶれだった。

 ただ、論点の大半が、右派の出演者たちの出演をめぐる手続き問題であるため、あまり興味のない人にはついていくのが大変かもしれない。右派の人たちは、上智大学院生の研究のためということで撮影に応じたもので、こういう形で「商業映画」になるとは思わなかった、発言の扱いや編集もアンフェアだなどと、要するに「騙された」という主張を行った。
 それに対して監督サイドは、会見で出演にあたっての承諾書や合意書の文面を配布し、手続きに問題はない、映画の一般公開の可能性も話していたなどと説明。合意書に基づいて一部の人の発言部分については事前に確認し、もし試写を見て、不服があればそういう意向があったことをも映画に盛り込むつもりだった、などと語った。

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 5月30日に発表された右派の出演者による「共同声明」は、7項目にわたって書かれている。その7項目のタイトルを見ればおおよその内容が見当つくだろう。
1、 商業映画への「出演」は承諾していない
2、 「大学に提出する学術研究」だから協力した
3、 合意書の義務を履行せず
4、 本質はグロテスクなプロパガンダ映画
5、 ディベートの原則を完全に逸脱
6、 目的は保守系論者の人格攻撃
7、 出崎と関係者の責任を問う

 おかしいのは6で、彼らがこの映画を「論争に敗北した人々の鬱憤晴らし」と規定していることだ。慰安婦論争は歴史的に決着がついている、というのが彼らの主張だ。ある意味でこの主張は理解できなくもない。確かにかつて日本で激しく議論された慰安婦論争は影を潜め、事実上タブーになってしまっている。論争に決着がついたというより、その問題に触れるとめんどうなことになると大手マスコミがほとんど扱わなくなってしまったからだ。

慰安婦を追った映画『沈黙』には激しい上映妨害が...

 例えば前回の記事で紹介した慰安婦問題を扱った朴壽南監督の映画『沈黙―立ち上がる慰安婦』は、上映中止を求める右翼団体の激しい妨害を受け続けている。ちょうど『主戦場』が話題になった5月19日にも渋谷で上映があったのだが、妨害が予想されたため、支援スタッフらが警戒にあたる中で上映が行われた。
 私も観に行ったのだが、上映後のトークに登壇した朴監督は、上映妨害が報道されたことで海外でも関心を持たれ、アメリカなどで上映が開かれた経緯を語り、映画が世界中に広がったのは彼らのおかげかもしれないなどとユーモアまじりに語った。
[[image:image02|center|映画『沈黙ー立ち上がる慰安婦』左が朴監督。製作者提供]]

 『主戦場』の方は、今のところ物理的な上映妨害は行われていないが、右派の「上映差し止めを求める」という声明が出たのを契機にそういう動きが出ることを警戒する向きもある。

 今のところ、右派が反発しているのは、共同声明の4や5で語られているが、映画で自分たちをいきなり「歴史修正主義者」と紹介していること、自分たちの主張を映した後にそれに反対する人たちの主張を映すといった編集方法などだ。映画の後半は、日本の再軍備の動きに疑問を呈するという流れになっており、プロパガンダのために自分たちを利用したのではないかという批判だ。
 この応酬には、ドキュメンタリー映画のあり方をめぐる本質にかかわる問題も内包されているような気がするし、6月7日発売の月刊『創』(つくる)7月号で、ドキュメンタリー映画を手掛けてきた森達也さんがこの問題に言及している。
 6月3日の会見では会場に来ていた池田香代子さんが質問の中で、これは制作側の編集権と出演者の「期待権」の対立だ、とかつてのNHK番組改変事件を例に引きながら話していたが、確かにそうとも言えるかもしれない。

 6月3日の会見でのデザキ監督の発言で印象深かったのは、彼が映画の中で保守派の出演者らを「歴史修正主義者」と規定したことについて語った部分だった。監督は、慰安婦が性奴隷だったことを否定する、強制連行されたことを否定する、といった特徴をあげて、それが「歴史修正主義者」だと語っていた。慰安婦問題についての監督の基本的考えを披露したものだ。
 デザキ監督は、一般的にそう言われているという意味合いで語っているようなのだが、右派はそういう規定そのものに反発しているわけで、私が興味深いと思うのは、その認識がアメリカ人の一般的な認識なのかどうかということだ。

 というのも、この映画の大きな特徴は、これまでの日本での慰安婦論争に対して、アメリカ人の監督が一石を投じたことだ。3日の会見の冒頭で、ある雑誌記者が、日本国憲法9条を自民党が変えようとしていることについての意見を監督に尋ねていたが、質疑応答がかみあわなかった。デザキ監督は、この映画で日本がアメリカに追随して再軍備に走ろうとしている動きに「本当にそれでよいのですか」と、アメリカ人の立場から疑問を投げかけている。視線はあくまでもアメリカ人としてのそれなのだ。

 ディベートという手法を含め、『主戦場』の新しいところは、映画全体にアメリカ人としての見方が貫かれているところで、それは日本と韓国においては膠着状態といえる慰安婦論争が、いまやアメリカに飛び火して、新たな観点から議論の対象になっているという局面に起因すると思われる。そもそも『主戦場』という映画のタイトル自体が、いまやアメリカがこの論争の主戦場になっているという映画の中での右派の言葉からとったものだ。

 日本や韓国は、慰安婦問題についてはいわば当事者だ。それに対してアメリカ人ないし欧米人は、この論争をどんなふうに見ているのか。今回『主戦場』がこの問題に投げかけた興味深い点のひとつはそこだと思う。
 だからこの映画が7月から韓国で公開されるというその反響も興味深いが、それ以上にアメリカで公開された時にどんな反響が起こるのかも知りたいところだ。
 日本では右翼の激しい妨害にあっている『沈黙―立ち上がる慰安婦』は、この間、アメリカやドイツで上映されている。慰安婦問題は、日本と韓国ではそれぞれが当事国ゆえのナショナリズムにとらわれて膠着状態なのだが、欧米などの第三者が論争に加わってくれば、新たな展開が開けそうな気がする。


 『主戦場』は前述したように、上映が全国に拡大しつつあり、東京でも、渋谷のイメージフォーラムだけでなく吉祥寺のアップリンクでも公開が始まっている。大阪でも4月から公開している第七藝術劇場に加えて、6月からはシアターセブンにも公開が拡大している。
 さらにMARUZEN&ジュンク堂梅田店では6~7月に「従軍慰安婦論争を追って~映画『主戦場』を観て考えること」というブックフェアも開催されるなど、これを機に慰安婦問題を改めて考えてみようという機運が広がっている。

 『沈黙―立ち上がる慰安婦』についても、6月22日から大阪のシアターセブンで上映が決まっており、初日には朴壽南監督の挨拶も予定されている。また東京では6月30日に渋谷光塾で2回の上映が行われる。
 これを機にタブーとなってしまっていた慰安婦問題について再び新たな議論が起こることを期待したい。

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