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月刊「創」ブログ

相模原事件の裁判で問われていること

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 2020年1月8日に横浜地裁で相模原事件の植松聖被告の裁判が始まった。
 この事件をめぐっては既に2018年に、植松被告への接見記録や、津久井やまゆり園家族会前会長の尾野剛志さんや、障害のある娘を育てている最首悟さん、精神科医などのインタビューや対談などをまとめた『開けられたパンドラの箱』(創出版刊)という本をまとめている。基本的な問題点はそこに整理されている通りだ。
 この3年余、月刊『創』はほぼ毎月、相模原事件を追い続けてきた。2017年の夏から植松被告への接見はもう50回を超えているのではないかと思うし、彼からの手紙は100通を超えているのではないかと思う。

4904795539.jpgこの3年余、相模原事件の解明はほとんど進んでいない

 ただそうやって取材を続けてきて改めて思うのだが、この社会は3年経ってもこの戦慄すべき事件の解明もできていないし、対策もほとんどできていない。
 事件の直後に障害者施設や福祉関係者が感じた疑問と恐怖、「障害者を支援する仕事を約3年も続けてきた職員がなぜあのような障害者観に行きついてしまったのか」という根本的な問題には、マスコミも含めてこの社会はほとんど迫れていない。社会全体で風化が進んだ一方で、事件当初に障害者やその家族が感じた底知れない恐怖は残されたままだ。
 1月から始まる裁判ではもちろん、事件の解明も大きな課題で、今までマスコミがたどり着けなかった植松被告の親を含め、捜査権によって得た貴重な情報や証言が披露されるだろうから、裁判では、事件の解明に一歩でも迫ってほしいと願っている。

 植松被告は自分でも刑事責任能力がないと思っていないし、死刑判決が出ると言われているのだが、彼を死刑にして事件が終わるということではない。大事なことは、いったいどうしてあの事件が起きたのか、2015年夏から2016年2月にかけてどういうプロセスで植松被告があのような考えに至ってしまったのかを詳細に明らかにし、対策を講じることだ。
 そのためには、その時期に植松被告に接し、彼の変化を見ていたはずの、津久井やまゆり園の職員の証言ももっと明らかにされなければならない。最近でこそ、やまゆり園側はマスコミ取材に応じるようになったが、それまではほとんど取材にも応じていなかった。最近、園側が取材に応じるようになったのは、黒岩祐治神奈川県知事が、やまゆり園の指定管理を見直すという爆弾発言をしたからだ。発売中の『創』1月号に掲載されている「やまゆり園元入所者家族の座談会」で語られているように、事件の背景と、大規模施設のあり方をめぐる議論は重なっていた。

津久井やまゆり園の元入所者たちの証言

 その座談会に実名で登場している、事件当時入所者家族だった平野泰史さんは、事件の本質は施設の闇の部分にあるのに、マスコミはそこに踏み込まずに表層しかなでていない、と以前から言っていた。マスコミもそれを聞きながらあまり報じなかったのは、施設のあり方や障害者差別など難しい問題に触れることになるからだろう。

 元入所家族の方々は、事件後、やまゆり園に疑問を感じて退所した人たちなので、大規模施設に批判的だ。だからその議論は障害者施設のあり方をめぐる議論と直結しているのだが、『創』は様々な意見の人に誌面に登場していただくことを基本方針としており、その前の11月号では、やまゆり園の家族会前会長の尾野さんの息子・一矢さんの話を掲載している。これも関係者の座談会だが非常に意義深い内容だ。尾野さんと1月号の平野さんたちとは、どちらといえば意見を異にしているのだが、ぜひ両方を読んで考えてほしい。

タブーの前でマスコミ報道側も逡巡した

 この事件が深刻なのは、障害者差別や措置入院のあり方など、これまでタブーとされてきた問題を明るみに出したことだ。措置入院の問題など、事件当初にいささか誤った方向で議論がなされたものの、その後、議論自体がいっさい消えてしまったままだ。
 この事件が、これまでタブーとされてきた領域に関わっており、マスコミも及び腰になっているという現実については、前述した『開けられたパンドラの箱』でも指摘した。新聞・テレビの取材拠点は横浜支局にあるのだが、担当記者もこの3年でかなり入れ替わった。裁判を前に再び新聞・テレビは支援体制を含めて大きな取り組みをしつつある。部分的にはかなり手厚い取材を行ってきた社もあるから、マスコミ全体を乱暴に断罪する気は全くないが、真相解明が不十分であることは認めざるをえない。

 3年余、事件を追いかけてきて一番危機感を覚えたのは、この1~2年、マスコミも事件が起きた7月下旬の時期だけ思い出したように報道を行うが、それ以外の時期には報道量も少なく、急速に事件が風化しつつあったことだ。

  さてそういう指摘をしたうえで、裁判へ向けて『創』もこの3年間取り組んできたことをできる限り、新聞・テレビなどのマスコミや社会へ提示して、一緒に考え議論していきたいと思っている。裁判はその格好の機会だと思う。

植松被告から送られてきた青い表紙の「獄中ノート」

 そういう前提で、この間、植松被告からこれまで送られてきた文書などを改めて整理してみる作業を始めている。植松被告からは、手紙のほかに青い表紙の大学ノート、「獄中ノート」と呼んでいるものが10冊近く送られている。『開けられたパンドラの箱』で紹介した、30ページ以上にわたる植松被告の世界観を描いたマンガも2冊の獄中ノートにわたって描かれていたものだ。

 そうしたノートの中から、ここでは、2017年8月、植松被告と接触し始めた当初に送られてきた『新日本秩序』と題したものの一部を紹介しよう。彼はその時期、自分の考えをびっしり書いたノートを本誌編集部に送ってきていた。彼が起こした凄惨な犯行は、彼にとってはある種の"世直し"で、彼は自分の考えを体系化して世に問いたいと考えていたのだった。この内容は一度『創』2017年10月号で第1章の多くを掲載したが、割愛した部分も少なくない。
 例えば、今回読み返してみて、改めてこれが重要だと思ったのでここで紹介するが、植松被告が小中学生時代に、同学年に障害のある生徒がいたという体験だ。

 植松被告が障害者に対する安楽死思想に行きついたのは、やまゆり園での体験と、2015年夏に養護教諭への転職を考えて障害者福祉の参考書を読みだしたことなどのほかに、小中学生時代のこの体験が契機になっている。その小中学校時代の話については、約1年ほど前から接見でも植松被告がよく話すようになった。また2019年にその当時の教師が突然、接見に訪れたという話も『創』2019年12月号で紹介した。
 その小中学校時代の体験について、既に2017年夏の「獄中ノート」で植松被告はこんなふうに記述していた。

《小学校入学から中学校卒業まで同級生にK君という重度・重複障害者がいました。多くの時間を特別クラスで過ごしていましたが、時々一緒に授業を受けることもありました。
 K君は自分の頭を叩きながら奇声をあげて走りまわり、人の消しゴムを食べてしまいました。送り迎えはK君の母親が来ていましたが、私はK君の母親の笑顔が思い出せません。
 いつも重苦しい表情でした。》

やまゆり園での実体験を植松被告自身が描写

 獄中ノートで植松被告は、津久井やまゆり園での自分の体験も随所で紹介していた。
 例えばこういう記述だ。これは『創』2017年10月号「植松聖被告がしたためた『獄中ノート』の中身」でも紹介したものだ。

《Gさんという重度・重複障害者がいました。彼の日中はオムツとヘッドギアを付けて車椅子にしばり固定されており、食事はドロドロの流動食を食べさせると同時に多量の服薬を行います。
 便が詰まる為に腹から腸をだしストマパウチを付けています。お腹から糞を垂れ流すと言えば分かりやすいかもしれません。眠る時は服を脱がないようにつなぎを着て、指を動かさないようにミトンでしばります。
 もちろんGさんは言葉を話すことができませんし、目は動き回りなにをみているのか分かりません。
 管理職員とGさんについて話す時がありました。
「Gさんは不幸です」
「分からないよ。幸せかもしれないよ」
 そんなことはあり得ません。そう言わなければ仕事にならないだけです。》

 これが植松被告の見ていた施設の実情で、彼はそこからあの安楽死思想に傾注していくのだが、実際に彼は事件を起こす半年以上前からこういう障害者観を他の施設職員などに語っていた。ここで書かれた「管理職員との会話」は実際にあったものをリアルに再現したのだと思う。

 植松被告の発言の中で、もうひとつ障害者施設関係者などに注目されているのは、『創』2018年7月号に掲載した「鍵の中で」という文章だ。入所者の身体拘束についてのリアルな描写が注目されたのだが、これについては2019年8月号の座談会「相模原事件めぐる議論で語られていない施設の現実」でも全文紹介した。

大きな波紋を投げた黒岩県知事の発言

 こういう施設をめぐる議論がこの間、一気に噴き出したのは、黒岩祐治神奈川県知事が、やまゆり園をめぐる指定管理のあり方を見直すと表明したからだ。
 最初に大きく報道されたのは12月5日の神奈川県議会本会議での知事の発言だ。神奈川新聞から引用しよう。
《県は当初、再建後の園の運営もこれまで同様に社会福祉法人「かながわ共同会」に委ねる方針だった。しかし、法人理事の愛名やまゆり園園長による女児への強制性交事件や、園入所者への身体拘束があったなどとして見直す必要があると判断。千木良園舎の指定管理期間の短縮と合わせ、共同会と近く協議に入るという。》

 この時は県知事は2つの理由をあげて見直しを表明し、どちらかといえば愛名やまゆり園元園長による女児への強制性交事件の方がわかりやすいために着目された。しかし、関係者の大きな関心を呼んだ論点はもうひとつの方、入所者への身体拘束などやまゆり園の障害者支援のあり方だった。
 さらに黒岩知事は12月14日、やまゆり園の利用者らへの説明会を開き、県の方針を説明した。この時は、同園の支援のあり方をめぐる話が主で、方針転換の理由を「園の入所者が散歩などをほとんどさせられていなかったなどの情報が寄せられた」「他の法人の施設などに移った入所者が希望に満ちあふれた表情で暮らす"感動的なシーン"をみた」などと説明した。利用者から反対の声がたくさんあがったこともマスコミ報道は伝えているが、裁判を前にして突如、施設の支援のあり方が大きな問題としてクローズアップされてきたわけだ。

 黒岩知事が、他の施設に移った入所者の感動的なシーンを見たというのは、NHKが報じた松田智子さんのケースだろう。そして入所者があまり外出もできなかったなどとあげられているのは、まさに前述した『創』1月号の座談会で元入所者の人たちが訴えていた内容だ。
 ちなみにこの座談会のコーディネイトをしていただいた『こんな夜更けにバナナかよ』の著者・渡辺一史さんは、12月にやまゆり園を訪れた際に、入倉かおる園長にその件で取材を申し込んだところ、園長は本誌記事を「職員にコピーを見せてもらい、書店に雑誌を買いに行きました」と語ったという。
 この議論は障害者支援のあり方そのものに関わることだ。むしろ事件から3年を経てようやく広がり始めたのは遅いと言うべきだろう。

「薬物性精神障害」という弁護側の見立て

 さて今回の裁判で弁護側は、植松被告を「薬物性精神障害」とし、事件当時心神喪失だったとして無罪を争うとしている。
 恐らく弁護側としては責任能力を争う以外に方針はないだろうとは多くの人が予想していたことだが、植松被告自身はもちろん自分を障害者とは思っていない。「薬物性」という冠がつくとはいえ、自らを「精神障害」と認めることには反対するだろう。それは彼が心失者として排除の対象としてきたものに自分が該当すると認めることだから、彼にとって同意はありえない。
 弁護団の主張と被告人本人の主張が異なることはそう珍しいことではない。私が知っている範囲でも、奈良女児殺害事件の小林薫元死刑囚など、弁護団は最終弁論で死刑反対を正面から訴えたのだが、本人は「死刑にしてほしい」といつも言っていた。
 
 前述したように、相模原事件は障害者差別や措置入院のあり方など、これまでタブーとされてきたものを表に引きずり出した。裁判が始まるのを機に、ぜひ事件の本質に関わるいろいろな問題に議論が広がってほしいと思う。

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