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国家の「祝意」を辞退した是枝監督の立ち位置と日本映画界を覆う大変化

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 是枝裕和監督がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したことに対して国が「祝意」を示し顕彰しようとしたのを、本人が「辞退」したとして話題になっている。久々に拍手もののニュースだった。是枝さんは6月7日、ブログでこんなふうに書いた。

《映画がかつて、「国益」や「国策」と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような「平時」においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています。》

 

『万引き家族』メイン写真.jpg 是枝さんにはこれまで月刊『創』で何度もインタビューしてきたし、こ10年ほどの作品はほとんど誌面で取り上げてきたと思う。今回公開された『万引き家族』ももちろん試写会で観ているが、是枝さんらしい素晴らしい作品だ。それぞれの役者の個性ある演技も素晴らしいが、後半から結末へ向かっていく展開の見事さが、是枝作品の中でも磨きがかかっている。批評や論評もたくさん出ているからここで改めて語るまでもないが、ぜひ多くの人に観てほしい映画だ。

(『万引き家族』2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.)

 

  是枝さんは、これまで映画『靖国』の上映中止事件の時や、テレビに対する国家の規制をめぐる発言など、言論表現の自由の大切さを一貫して訴えてきた。ドキュメンタリーからスタートし、インディペンデントの立場から映画を作ってきた是枝さんの日本映画界における立ち位置はかなり独自と言える。そういう是枝さんのオリジナルな映画作りが改めて注目されるのは、日本映画界そのものが今、ひとつの壁に逢着し、大きな変化にさらされているためでもある。そのことについてここで書いてみたい。

 

映画界で言われる実写映画の「興収20億円の壁」とは

 6月7日発売の月刊『創』7月号は映画界の特集で、4~5月に相当いろいろな取材を行ったのだが、日本映画界の現状については驚くことや考えさせられることがかなりあった。一番深刻なのは、邦画の実写ものがこの1~2年、相当苦戦している現実だ。東宝の市川南常務がこう語っている。

 「実写映画で今年に入って興収20億円を超えたのは『DESTINY鎌倉ものがたり』の30億円だけです。そのほかはヒット作でも『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』16億円、『祈りの幕が下りる時』16億円、『ちはやふる結び18億円と、いずれも20億円を超えていません。

 もちろんそれぞれ決して悪くはないんですよ。『ちはやふる』も前の上の句/下の句はそれぞれ16億円と12・2億円でしたから、それを上回るヒットなのです。ただ、関係者はもう少し行くのではと期待していました」

 特に昨年は人気マンガ原作の実写映画が多かったのだが、そのうち当たったのは興収38・4億円の『銀魂』くらいで、『ジョジョの奇妙な冒険』も『鋼の錬金術師』も大コケと言われている。特に『ジョジョ~』はシリーズ化を謳って公開されたのに興収が10億円にも達しないため第2弾の製作が頓挫してしまったという。

 

 今、映画界では「興収20億円の壁」という言葉が伝えられており、今年その壁を突破できるのではと期待されているのは、今回勢いのついた『万引き家族』やフジテレビの『コード・ブルー』などわずかな作品だ。

  『踊る大捜査線』や『海猿』などの大ヒットを放ってきたフジテレビ映画事業センターの臼井裕詞局次長がこう語る。

 「10年前なら興収50億円までいったような作品でも、今は30億円にも行かないというのが日本の実写映画の現状です。最近は、ハリウッドのCG映画やディズニー映画が席巻していて、昨年1年間で40億円を超えた実写邦画は1本もありません。邦画洋画あわせて作品数も多く、劇場も毎週公開される新作に次々と入れ替えていくため、公開期間が短くなり興行成績が上がりにくくなりました。

 このままだと製作費や宣伝費も思い切ってかけられず、ますますハリウッド大作に物量で負けかねません。余裕のあった時代は実験的な企画をやることもできましたが、今はなかなか難しい。このあたりで実写邦画の復権を果たさないと日本映画が先細りしてしまうと心配です」

 

対照的にアニメ映画は空前の大ヒット

 しかも実写映画の不振と対照的に劇場アニメの大ヒットが続いているというのも日本映画界の特徴だ。再び東宝の市川常務のコメントだ。

 「『名探偵コナン ゼロの執行人』は4月13日公開でしたが、昨年の興収記録68・9億円を5月初めには上回り、最終的には80億円に届きそうな勢いで、5年連続で興収記録を更新しています。映画『クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~』も昨年の興収162000万円を超え、20億円をめざしています。

 目を見張るのが『ドラえもん のび太の宝島』で、昨年の興収は443000万円円でしたが、今年は5月初め時点で48・5億円。最終的に53億円を見込んでいます。昨年も過去最高でしたが、今年はさらに10億円近く上乗せする勢いです」

 日本映画に明らかに構造的な変化が訪れつつあるのだ。その背景分析については『創』の特集を読んでもらうことにして、そのほか興味深い話を要点のみ書いておこう。

 

ドキュメンタリー映画『人生フルーツ』が大ヒット 

ひとつは、従来、動員数が1万人を超えればヒットと言われてきたドキュメンタリー映画で、東海テレビ製作の『人生フルーツ』が23万人動員という驚異的なヒットを飛ばしていること。公開は昨年1月だが、1年半という異例のロングランがいまだに続いている。この映画のヒットの仕方は、2年前の劇場アニメ『この世界の片隅に』に似ているとして話題になっている。

 またそのドキュメンタリー映画で、シリア内戦を描いた『ラッカは静かに虐殺されている』が日本でも劇場公開で1万人突破とヒットしているのだが、実はこの映画はアマゾンスタジオの製作で、海外では配信に軸足を置いた興行が行われている。映画はテレビと違って映画館で観るものとされてきたのだが、アマゾンやネットフリックスはネット配信中心の配給を行っており、映画という概念を変えかねない動きが出てきているという。

 公開中の東宝製作配給の劇場アニメ『GODZILLA』も、ネットフリックスと組んで海外配信に力が入れられている。ネット配信やゲームとの連動など、映画をめぐるコンテンツ展開が多様化していることも最近の特徴だが、そういうマルチメディア展開で存在を示している東宝の映像事業部をめぐるこの春の幾つかの動きも注目されている。映画『君の名は。』でプロデューサーとしてコンビを組んだ川村元気さんと古澤佳寛さんが、新しい会社を設立したことも業界では大きな話題になった。特に川村さんは「東宝の顔」とも言われる存在だけに今後の動きが注目されている。

 2人の動きは、アニメをめぐる市場が変化・拡大していることと関わっていると思われているのだが、今年の夏は、日本テレビ・東宝の組み合わせで大きな期待が寄せられている細田守監督の『未来のミライ』のほかに、『僕のヒーローアカデミア』が初の劇場アニメとして公開される。『僕のヒーローアカデミア』は『週刊少年ジャンプ』の人気連載だが、ライバル『週刊少年マガジン』の『七つの大罪』もこの夏、アニプレックス・東映により公開される。一昨年の『君の名は。』の大ヒット以来、各社が劇場アニメへの注力を拡大した成果が今年から次々と形になりつつあるということらしい。

 

是枝監督とフジテレビのパートナーシップ

 さて日本映画を取り巻くそういう構造的な変化の中で、初めの話に戻るが、大きな話題になったのが是枝監督の『万引き家族』だ。是枝監督は2011年公開の『奇跡』以降、ギャガと組み、2013年の『そして父になる』以降は、フジテレビとも組むようになるのだが、特にフジテレビと製作で組むようになったことは大きな意味を持った。ちょうどその時期、フジテレビは映画事業で是枝監督や三池崇史監督ら新たなクリエイターと積極的に組んでいこうという方針を打ち出すのだが、その後、是枝監督とは一貫してパートナーシップを保ってきた。是枝監督にとっても『そして父になる』は大きな転機だったと言えよう。

 

 前述したように是枝さんは『創』にこれまで何度も登場いただいており、特に2015年と2016年の映画特集では、森達也さんと長い対談を行っている。2015年の対談では、テレビマンユニオンを辞めた経緯やその後、どんな思いで映画に取り組んできたかを是枝さんが語っているのだが、その一部を転載しよう。

《――興行収入で言えば『そして父になる』が圧倒的に大きかったんですよね。

是枝 そうですね。あれは非常に成功しました。初めて成功しました。

――え、そうなの(笑)?

是枝 黒字になったのは初めてではないですけど、あそこまでの広がりを持ったのは初めてです。

――是枝さんは、最近フジテレビとか東宝とかの大きな枠組みに入っていると言えると思うんですが、それは本人としてはどういうふうに感じているんですか?

是枝 どういう感じ......不思議な感じ(笑)。不思議な感じだけど、自分がやりたい形を譲ってとか、変えて、歪んだ形でこうなっているわけではないし、作品のイニシアチブを手放さないままに企画自体もできているので、非常にいいパートナーシップを結べている状況だと思います。

 映画の興行の形というのが、この10年で大きく変わりました。僕が監督になって10年目くらいまでは成立していた、1億円未満の制作費で映画を作ってシネカノンとかの中規模配給会社と組んで、単館系の劇場をプリント20本とか30本くらいの規模で回していくという、そういう公開の仕方がもう崩壊してしまった。だから、どういうふうに自分の作品をお客さんに届けていくのかに関して別の考え方を持たないと、興行が成立しなくなってしまったんです。それはもう、いかんともしがたいことだと感じています。

 シネコンを使わずにアートハウスをつないでまわるというのは、作品の規模と劇場とお客さんとが、ある意味幸せな形で結びついていたのだと思います。劇場が作品を消費する場所ではないものとして一般のお客さんとか街の中に位置づけられていて、そこで自分の映画が上映されるという、そういう幸せな形はもうほとんど失われてしまった。そこで、別の形の届け方をしていこうと思った時に、シネコンなどをどういうふうに経由して自分の作品を届けるか、考えながらやってます。

――表現者として、ある意味では恵まれた環境だということですよね?

是枝 今、非常に恵まれています。でも、恵まれているのは降って湧いたわけではないですからね(笑)。自分なりに闘って獲得して、今も闘っているつもりです。味方を増やしながら作りたいものをどう作っていくかというのは、やっぱりそんなに簡単にできるわけじゃないと思うので。》

 

 東宝やフジテレビなど大手会社による製作体制や、マンガやベストセラー小説の原作の実写化といったやり方が日本映画の大きな流れになる中で、『海街diary』など一部を除くとオリジナル性を重視した独特の映画作りを行ってきたのが是枝監督だった。原作もの中心の実写映画が前述したように「20億円の壁」につきあたったという日本映画の状況の中で、今回の『万引き家族』がどのくらい健闘するのかは大きな関心事だ。それは実写映画が次々と苦戦している中で、今後の日本映画の製作をどう見直していくかという検討を各社が始めつつある時だけに大きな意味を持っているとも言える。

 ちょうど『創』の映画特集を編集している時期に、是枝さんのカンヌ国際映画祭での受賞のニュースが飛び込んできたため、7月号は表紙を急きょ、カンヌ映画祭での写真に差し替えた。この表紙は、是枝さんへの「おめでとう!」の気持ちを表したものだ。

 

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