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『週刊朝日』連載中止事件は「言論の敗北」ではなかったか

『週刊朝日』新年号(1月4・11日合併号)の巻頭ページに朝日新聞出版の新社長の挨拶が載っている。佐野眞一さんの連載中止事件について改めて謝罪し、新たなスタートを切ったというメッセージだ。この問題については、部落解放同盟の抗議に対する話し合いが続いているのだが、朝日新聞出版としては、新年を機に騒動は決着という形にしたいという意向なのだろう。

この社長メッセージに、あれ?と思った人もいるかもしれない。事件後、社長と編集長が交代し、同様のメッセージが誌面に載ったのが、ついこの間のことだからだ。実は、突然の社長辞任と編集長更迭を受けて先に行われたのは中継ぎの人事だった。その後、最近になって社長と編集長が新たに決まったのだ。『アエラ』最新号にも、巻末に社長と編集長の新任の挨拶が載っている。編集長と発行人の分離を含むチェック体制強化の組織変更を行い、朝日新聞出版の新体制が始動したのだ。

『週刊朝日』のこの事件は、2012年の雑誌ジャーナリズム最大の問題だったと言ってよい。一連の経過と朝日新聞出版が出した一連の総括文書についての検証は、月刊『創』12月号と1月号に詳しく書いた。いろいろな人から反響をいただき、朝日新聞や毎日新聞の「論壇時評」でも紹介していただいた。朝日新聞出版ないし朝日新聞社に対して批判的なこの論考が、朝日新聞紙面で紹介されたことは意味あることだったと思う。

そこでも詳しく書いたのだが、謝罪から連載中止に至る一連の決定が、執筆者である佐野さんに相談なしに進められていったことや、検証文書を読むと、今回の過ちが「編集現場の暴走」というふうに総括されていることなど、疑問は数限りない。

そしてここで改めて指摘しておきたいのは、『週刊文春』『週刊新潮』『週刊現代』『週刊ポスト』など主要週刊誌が、この事件を全く誌面で取り上げなかったことだ。『週刊現代』と『週刊ポスト』は、佐野さんと親しい媒体だから取り上げにくかったのだろう。

特に『週刊ポスト』は、佐野さんの連載「化城の人」で抗議を受けていた最中で、それどころではなかったはずだ。この件について佐野さんは、『週刊ポスト』新春合併号で謝罪文を掲載している。自分がいつのまにか「ノンフィクションに取り組む初心を忘れて」しまっていた、という、重たい反省だ。「無断引用問題」(いわゆる「盗作疑惑」)についても率直に謝罪している。また、自分がいつのまにかノンフィクションの取材において、現場に出なくなっていたことにも反省の弁を述べている。「化城の人」は、現場取材を行ったのは『ネットと愛国』の著者・安田浩一さんだ。今や著名ライターである安田さんをデータマンとして使い、しかも誌面にもその名前を明示しないというのは、『週刊ポスト』がいかに佐野さんを大御所として扱っているかを示しているのだが、佐野さんはそういうポジションに胡坐をかいていたと謝罪しているのだ。

さて『週刊ポスト』『週刊現代』がそういう事情で『週刊朝日』事件を取り上げられなかったとして、問題は『週刊新潮』と『週刊文春』だ。この両誌は、昨年、橋下大阪市長の出自報道の

先鞭をつけた雑誌であり、今回も報道するのが当然なのだが、ある事情があった。実は昨年、両誌とも部落解放同盟から抗議を受け、編集長名で謝罪文を出していたのだ。ただその謝罪文は、誌面で明らかにされず、解放同盟の機関紙には載ったのだが、業界でもほとんど知られていなかった。

そのことがあったので両誌は『週刊朝日』事件についてどういうスタンスをとるべきか決まらず沈黙を守ったのだろう。そもそも昨年の両誌の謝罪の経緯が明らかにされていれば、『週刊朝日』が今回、あの自爆的ともいうべき差別的な出自報道に突き進むこともなかったと思う。検証報告にあるように、むしろ『週刊朝日』の当時のデスクは、他誌が橋下市長の出自について次々と報道したのを見て、それに引っ張られたと語っている。

昨年来の一連の経緯を見ると、差別表現をめぐっていつも議論自体が封印され、タブー化されてきたという言論界・メディア界の問題が浮き彫りになってくる。『週刊朝日』自身も謝罪だけは何度もしているのだが、例えば橋下市長の父親の出自を書いたのがなぜ、どんなふうに問題なのか、といった部落差別や差別表現についての踏み込んだ論評はいまだになされていない。そもそも問題となった佐野さんの連載記事も騒ぎになって完売したために、読んでいない人も多く、何が問題だったのかいまだにわからないという声が多い。ただ『週刊朝日』が失態を犯し、社長交代という深刻な事態に至ったという、そのイメージだけが独り歩きしているのだ。

この事件は『週刊朝日』の敗北というだけでなく、「言論の敗北」なのかもしれない。そんな気がするのだ。

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