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光市母子事件「実名本」出版差し止め問題の争点

 10月7日の発売2日前に光市母子事件被告の弁護人らが出版差し止めの仮処分を広島地裁に申し立て、新聞・テレビが大きく報道したこの騒動。この間の経緯を整理し、何が争点なのかまとめておこう。

 ちなみにこの本、『○○君を殺して何になる』(○○は実名)という書名なのだが、少年法によっていまだに匿名報道がなされている被告の実名をタイトルに入れた異例のケースだ。つまり新聞・テレビがこの事件を報じる際に、肝心の書名が表記できないというわけだ。

 ただ、『週刊新潮』などは被告がこんなふうに少年法によって保護されている状況に異を唱え、これまでも被告を実名で報じてきた。少年法は違反しても罰則がないため、事実上それは黙認されてきたのだが、今回は書名に実名が使われていることもあり、改めて大きな議論になった。

 最初に書いておきたいが、今回この本を上梓した著者の増田美智子さんは、上述の『週刊新潮』のようなスタンスでなく、これまで流布されていた被告のイメージが実像と異なるため、実像を世間に知らしめたいという意図で、実名と顔写真掲載に踏み切ったという主張だ。書名からもわかるように、被告の死刑判決に反対する立場から実名報道を行ったものだ。

 増田さんは本の中で光市事件に興味を持ったきっかけが『創』の綿井健陽さんのルポだったことを書いているし、本を出版したインシデンツ代表の寺澤有さんは親しい知人。一方の安田好弘弁護士らの弁護団とも『創』は関わりを持っているから、対立している双方が知り合いだ。

 出版差し止めの仮処分はまもなく何らかの結論が出るだろうが、既に本は発売され、騒動によって予想外に売れて増刷を重ねているから、仮処分の意味はあまりなく、被告側は既に本訴に踏み切っている。

 最大の争点はもちろん少年法と実名報道の問題だ。でも現実は少しややこしい。

 実は騒ぎが起こる直前の4日に著者と弁護士が話しあいを行っているのだが、この時点での争点は手続き問題。実名を出すことに「了解を得ていた」という著者側とそれを否定する弁護士側、事前に原稿を見せる約束だったという弁護側と「そんな約束はしていない」という著者側、という対立だ。この応酬の背後には、ノンフィクションにおける書き手の取材対象との距離のとり方、という結構難しいテーマをはらんでいるのだが、この話しあいが結局つかなかったわけだ。

 そして3番目の争点が、この本の中で書かれている光市弁護団批判をめぐってだ。弁護団の「原則取材拒否」という方針や、差し戻し審での弁護方針に対しての批判なのだが、著者側と弁護団の関係は既に出版前からこじれていたわけだ。

 奇妙なことに、出版差し止めが大きく報道されたせいで、本は予想を超えて売れている。本の内容というよりも、実名報道をめぐる騒動で売れるというのは、著者にとっても喜んでいいのか微妙だろう。本の内容に関していえば、確かに被告が知人に宛てたあの問題の手紙についての、これまで知られていなかった話もあるし、私もこの本で初めて知った事実もあり、その点は興味深く読めた。ただ佐野眞一さんや藤井誠二さんらが批判的なコメントを出しているのは、恐らくノンフィクションとしての作品性に関わる部分なのだろう。

 書店の対応も割れている。発売直後に弁護側が大手書店に、この本が少年法違反だという文書を発したこともあり、紀伊国屋などは当初販売しないという方針をとった。ネット書店も書名と書影を掲載したところとしないところにはっきりと別れている。

 私個人としては書名に実名を掲げた点など同意しかねる点はあるし、被取材者との関係の作り方もやや異論ありなのだが、上述したように興味深い内容も多かった。これから法廷で論戦も始まるから、この際、徹底的に論議を尽くすべきだと思う。ちなみに7日発売の『創』12月号ではこの問題についての特集を組んでおり、著者の増田さんや寺澤さんを始め、何人かの論者の見解を掲載している。また安田弁護士の対マスコミのスタンスについては、今出ている『創』11月号に、死刑問題をめぐる青木理さんとの対談が掲載されており、その中で自ら語っている。

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