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「僕パパ~」草薙厚子証言についての感想  篠田博之(『創』編集長)

 1月14日、マス読ライブというイベントのあったその日、新聞社から次々と電話が入った。その日、奈良地裁で少年調書流出事件の公判があり、「僕パパ」の著者である草薙厚子さんが出廷。その中で、情報源が精神科医の崎浜さんであったことを証言したのだという。そのことへのコメントがほしいという電話だった。

 休憩時間にうまく電話がつながった毎日新聞奈良支局にはコメントを出した。本当は当日の公判での証言をネットなどで調べたうえでコメントすべきなのだが、そういう状況でなかったので、おおまかな話を記者に聞いて、その場で自分の意見を述べた。いわゆる識者コメントというのは、そんなふうにその場で見解をまとめないといけない。瞬間芸なのである。

参考:毎日新聞のニュース
http://mainichi.jp/area/nara/news/20090115ddlk29040593000c.html

 帰宅後新聞を見ると、大谷昭宏さんや立教大の服部孝章教授らのコメントが載っていて、情報源を明らかにした草薙さんを強い口調で非難していた。私のコメントは翌日、毎日新聞の関西版に掲載されたのだが、どちらかというと草薙さんに理解を示した内容だった。評価が真っ二つに分かれ、しかも私は少数派のようなので、ここで自分の見解を少し詳しく説明しておきたい。

 そもそも奈良の地元ではこの裁判は大きく報じられているのだが、東京ではそう目立っていない。草薙さんは、どうして今情報源を明かすことにしたのか証言の中で語っているのだが、そういう詳報は東京ではなされていないので、彼女がとんでもないことをやったかのような印象だけが残る。

 情報源秘匿は絶対貫くべき原則だと言うのは私も同じだ。だから、それをできなかった「僕パパ」という本には批判的だ。この事件は国家が本格的に言論機関に介入してきた事例で、しかも著者や出版社を逮捕せず情報源のみを逮捕するという検察の巧妙な手口。言論側はほとんど完敗したというべきだろう。

 その結果、情報源が法廷で裁かれるという痛恨の事態になった。そこで考えるべきは、ここまで生命線を突破されて、では今、情報源である崎浜さんを守ることとはどういうことか。彼の無罪を勝ち取るために、著者や出版社、そして我々言論に携わる者は何をすればよいのか、ということだ。

 崎浜さんはむしろ自分が情報を明かしたことを認め、その行為が少年のために、よかれと思ってなされたのだという正当性を主張している。ここで草薙さんがこれまでのように情報源秘匿を貫くなら、彼女は法廷で証言をしないという選択になるのだが、たぶん、彼女は、むしろ法廷で崎浜医師への謝罪も含め、実態を証言することの方が崎浜医師の無罪を勝ち取るのに役立つと考えたのだろう。

 実際、草薙さんは講談社の設置した調査委員会に対しては情報源秘匿を貫き、証言らしい証言ができていない。その事例を教訓化して、いっさい口を閉ざすというのは得策ではないと考えたのだろう。恐らく詳しい経緯を知らずに突然「法定で情報源公開」とだけ聞いたら、私も「けしからん」というコメントをしたと思う。ところが、ここまで権力にしてやられ、情報源が危険にさらされている現実を考えると、草薙さんが口をとざすというのが正しい対応かどうかすごく判断が難しい気がするのだ。情報源の秘匿、つまり情報源を命にかえても守るというジャーナリズムの原則を貫くことは、こういう事態に至った場合、証言をすることなのかしないことなのか。これは単純ではないと思うのだ。

参考:草薙さんのブログでの取材源の秘匿を解除した理由説明
http://playlog.jp/atsukokusanagi/blog/archive/20090119

 今回の草薙証言については私自身もここで書いたことが絶対正しいというつもりはなく、自分でももう少し考えてみたいと思っている。

 実は次号の『創』3月号に草薙さんのインタビューを載せる予定で、近々インタビューを行うのだが、まず草薙さん側の言い分をじっくり聞いてみたいと思う。この問題、微妙な事柄で、議論を起こすには格好のテーマなのだ。

 それから、今回、草薙証言が上記のようなものだったので東京でも比較的大きめに報じられたのだが、私にとっては、この前の公判の、少年の父親の証言の方が衝撃だった。この事件については、検察側が言論封じのために強い意志で介入してきたとされ、少年の父親よりもむしろ検察の意向が反映されていたと言われるのだが、どうもそうでなく、父親は本気で怒り、告発をしたと法廷で証言しているのだ。つまり検察陰謀説がどうやら事実と違っていたらしいのだ。

 はたしてこの裁判、崎浜医師の無罪を勝ち取ることができるのかどうか。判決が今後の言論・報道に大きな影響を及ぼすのは明らかで、東京でももう少し大きく報道され、議論がなされてもよいのではないかと思うのである。

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