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「天皇伝説」渡辺文樹監督逮捕事件の真相

 9月11日、渡辺文樹監督が都内で逮捕されたことはニュースで報じられ、ネットでも話題になっているが、この種の公安事件は大手マスコミの報道を見ただけではほとんど真相がわからない。

 天皇タブーがらみというこういう話を詳しく報じられるのは、いまや『創』くらいになってしまった。次号11月号(10月7日発売)で詳しく報じるが、ここで現時点でわかっていることがらだけでも書いておこう。

渡辺文樹 021.JPGのサムネール画像
 今回の逮捕も新聞はベタ記事だが、前回、5月の逮捕と比べて違ったのは、渡辺監督が天皇制批判の映画を作り、それがこの逮捕と関わっていることが報じられたことだ。テレビで逮捕を比較的大きく報道したTBSが放送前に『創』に取材をかけていることからもわかるように、発売中の月刊『創』9・10月号が渡辺監督のロングインタビューを掲載していたのが影響したのは確かだろう。前回の逮捕では新聞は警察発表だけを報じたため、渡辺監督は単なる詐欺犯にされてしまった。今回も逮捕容疑はポスターを無断で掲示した軽犯罪法違反だが、それだけを報じても真相は全くわからない。実際、11日早朝4時過ぎに監督は妻と一緒のところを公安2課の刑事に逮捕されたのだが、こんな時間にたまたま公安が街を歩いているわけはなく、前日から監督は「行動確認」つまり公安の尾行を受けていたのだった。

 公安がどうして彼をマークしたかというと、10日発売の『週刊新潮』が「天皇家のタブーに挑んだ超過激映画『天皇伝説』」という記事を掲載。新聞や車内吊りで大々的に扱われていたからだ。記事には9月17日から監督が代々木八幡区民会館で上映を予定している「天皇伝説」がとんでもない天皇タブーに挑んだ映画であると説明されており、「右翼が怖いと言っても、あいつらは別に何もしてきませんよ」という監督の挑戦的なコメントも紹介されていた。つまり、これで何もしなかったら右翼の面子がつぶれるという扇動的な記事だった。これが右翼を刺激することは間違いなく、公安が大きな関心を持ったのは当然だった。

 というのも渡辺監督は、以前の作品「腹腹時計」でも天皇暗殺をテーマにし、上映した各地の会場で右翼が押しかける騒ぎになっていたからだ。街宣車で抗議する右翼と、会場前で警備にあたる制服・私服の刑事とで、会場付近は物々しい雰囲気。場内の観客よりも外の右翼と公安の人数の方が多い、と冗談まじりに語られていた。今回の新作は『週刊新潮』の記事によると秋篠宮は美智子皇后の本当の子ではない、などとする内容とかで、これまで以上の騒ぎになることは間違いないものだった。現に、既に5月の神奈川県民ホールや7月末の豊島公会堂などでの上映が次々と中止になり、仙台を始め各地の上映はほぼ全て中止になっていた。 

 最初に上映を予定したのは5月26日の神奈川県民ホールだったが、公開目前の5月14日、監督は突然逮捕された。1月に宿泊した宿屋への代金約7万円が払われていなかったという詐欺容疑だったが、これで突然逮捕というのはどう考えても異様で、警察が宿屋に被害届を出させて監督を拘束したのは間違いないだろう。しかも監督は逮捕直後に全額を返済したのだが保釈は認められず、23日間の満期勾留となった。結局起訴はされなかったのだが、勾留期限が切れたその日に別件で再逮捕。それが2回も繰り返され2カ月以上も石巻署に勾留されたのだった。普通はありえないことである。神奈川県民ホールでの上映は当然中止になった。今回も逮捕当日の9月11日に渋谷区は会場使用不許可の通達を出し、上映が中止になるという同じ展開だった。

 これまでも映画会場をめぐる騒動が起こるたびに、使用不許可決定には即座に裁判所に仮処分を申請するなどして抵抗してきた渡辺監督だが、騒ぎが大きくなる前に公安が予防拘束してしまったのが今回の2つの逮捕事件だ。あのまま上映されていれば17日は大変な騒ぎになることは間違いなく、流血の事態を避けるためには警備も大変だったと思われる。過去にも監督の上映会にはナイフを持った右翼が客席に入ろうとしたところを逮捕されるなど、一触即発の事態があった。

 渡辺監督の映画は、通常の配給ルートでは誰も扱わないため、監督自ら映写機を車に積んで娘と妻の家族全員で全国を行脚するという方法で自主上映が行われてきた。制作費もかけられないため、出演者はほとんどが素人、主役は監督自身で、上映の際に映写機を回すのは監督自身、切符のもぎりは妻が務めるという独特のスタイルだった。天皇タブーに踏み込んだ2作はフィクションだが、以前はドキュメンタリーも制作し、賞を受賞したこともある。文字通り体を張って表現活動を行う異端の表現者といってよい。これまで逮捕された経験も数え切れないほどだ。

「天皇伝説」ポスターのサムネール画像
 今回と同じように『週刊新潮』の報道がきっかけで映画上映が中止になった例としてはこの春の映画「靖国」があるが、あれは右翼がたいした攻撃もしかけていないのに、見えない影におびえた映画館が自己規制して上映中止の連鎖が広がったケースだった(詳細は創出版刊『映画「靖国」上映中止をめぐる大議論』参照)。幸い、マスコミが大きな議論を作ったために映画はその後公開されたが、今回は天皇タブーというはるかに難しいテーマだし、マスコミも大きく取り上げることはないと思う。右翼が攻撃する前から映画館がおびえて上映中止にしてしまうほど、今の日本社会はマスコミを含めて言論・表現が脆弱(ぜいじゃく)になっているのだが、そのなかにあって渡辺監督は異端の存在。ここまで行くとマスコミ的にはほとんど奇人変人の扱いだが、今の日本の情けない言論・表現の状況を照射しているという意味では、その行動は貴重である。

 渡辺監督については、創出版刊『言論の覚悟』(鈴木邦男著)を見てほしい。新右翼の鈴木さんと渡辺監督が対談を行っているのだが、言論に体を張るのは当然だという点で両者の考えは一致している。渡辺監督は別に左翼ということではない。タブーに挑戦し、自分の表現活動には体を張るのが当然という信念の持ち主だ。

 なおこの逮捕事件については、15日付の東京新聞「週刊誌を読む」で取り上げた(中国新聞、北海道新聞も転載)。『週刊金曜日』皇室風刺劇封印事件も、映画「靖国」上映中止事件も、マスコミで一番最初に取り上げたのはこの欄だが、こういう問題にものすごくマスコミの感度が鈍くなっているのも気になるところだ。(篠田博之)

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