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月刊「創」ブログ

東金事件 知的障害者をめぐる犯罪報道の大論争

千葉県東金市で起きた女児殺害事件で昨年12月6日に逮捕された容疑者が知的障害者だったため、その報道をめぐって大きな論争が起きている。マスコミ報道批判をしているのは同容疑者の弁護人である副島洋明さんで、『創』は2月号以降、同時進行連載の形でその主張を掲載している。そのインタビュー記事で批判されたTBSが、副島弁護士ばかりか『創』にも掲載責任を問う抗議文を寄せているし、副島弁護士もTBSだけは許せないと、BPOへの申し立てを行い、裁判所への提訴も検討中だ。論争には毎日新聞社も大きく関わっているのだが、個別の事件でここまで継続的に論争が起こるのは珍しい。全体を整理するために『創』4月号に掲載した、編集部による論争のまとめをここに転載しておきたい。

 

東金事件報道をめぐる論争の経緯 篠田博之


 本誌もTBSから抗議文を受け取るなどしているから決して他人事ではないのだが、東金事件をめぐり、知的障害者の関わった犯罪報道のあり方についての論争が繰り広げられている。2月20日時点までの応酬を紹介しておくことにしよう。
 

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 事件が起きたのは08年9月21日だ。女児が行方不明となり、遺体で発見された。容疑者が逮捕されたのは12月6日。知的障害者の諒君だった。
 

 逮捕と同時に、それまで見込み取材で諒君の映像やインタビューをとっていたマスコミは一斉にそれを報道した。その時点で副島洋明弁護士はまだ弁護人になってはいないのだが、8日のTBSの報道を見て仰天した。「ニュース23」で容疑者がカラオケに興じる映像を流していたからだ。知的障害者をそんなふうにさらしものにすることに、長年彼らの支援に関わってきた副島さんは激しい怒りを覚えたのだった。

  

 後でわかったことだが、諒君のもとへは事件直後からマスコミが取材に訪れていた。逮捕後テレビ各局が放送した、インタビューに答える諒君の映像は、彼が囲み取材を受けた時のものだ。そんなふうに報道陣が押し掛けるのは自分が疑われている可能性を意味するわけで、もし知的障害者でなければ、そういう渦中で無防備にカラオケの映像を撮影させたりはしなかったろう。
 

 この報道を見たことが、副島さんが事件に関わるひとつの契機になった。母親と連絡をとった副島さんは、9日に弁護人に就くことになったのだった。
 その副島さんの怒りはそのまま、本誌2月号(1月7日発売)のインタビュー記事に反映されることになった。映像を放送したTBSと取材にあたった女性記者を激しく批判したその記事に対して、TBS側は事実誤認を指摘する抗議文を送ってきた。

 12月13日に収録されたそのインタビュー時点で副島弁護士は、諒君に、取材を受けた経緯を尋ね、カラオケには記者に誘われていったのだという説明を受けていた。自ら誘っておいて、逮捕後にその姿をさらしものにするとは何事か、というのが副島さんの怒りだった。

 その後判明したことだが、実はそのカラオケ取材が行われた9月27日、現場にはTBSの女性記者のほかに『サンデー毎日』の記者がいた。そして実は主導権をとっていたのは、この『サンデー毎日』の記者の方だったらしい。
 その日、諒君は末期がんで入院中の父親を見舞いに行く予定だったが、その前に少し時間ができたのを利用して、『サンデー毎日』の記者がレストランへ食事に誘った。TBSの女性記者もそれに便乗し、そこでの食事代はこの女性記者が払ったという。


 さらに見舞いが終わって帰る途中、諒君が「きょうは早く帰っても見たいテレビがないから遊びに行きたい」と言ったため、記者も一緒にカラオケに行くことになった。ここでTBSの女性記者はビデオカメラを回したのだった。カラオケ店での料金は『サンデー毎日』の記者が払ったという。

 TBSの流したカラオケ映像は、ネット社会や報道関係者の間でも物議をかもし、『週刊ポスト』12月26日号は「弁護士が『カラオケ同伴女性記者』で問題提起 『幸満ちゃん殺し』容疑者に逮捕直前にできた『メル友』の"正体"」と題してTBSを批判する記事を掲載した。さらに『FLASH』12月30日号も「幸満ちゃん事件『TBSスクープ美人記者』の"行きすぎ"取材」と題してTBSを批判した。

 いずれも副島弁護士のコメントを使っているのだが、『週刊ポスト』は電話取材によるメモをもとに書いた記事らしく、幾つかの話を混同し事実誤認も少なくなかった。刷り出しが副島弁護士のもとに届いたのは発売後で、副島さんにコメント部分の内容確認も行っていなかった。

 一方の『FLASH』はそもそも副島弁護士に取材もしておらず、『週刊ポスト』の記事を引用する形でコメントを紹介したのだが、見出しにTBSの社名も入れ、画面から取ったその女性記者の写真も掲載していた。

 副島弁護士はこの2つの記事もひどいものだと怒っているのだが、TBSとすればこんなふうにカラオケ映像を批判する報道が相次ぎ、しかもカラオケに誘ったのは同局の女性記者であるかのように書かれたため、態度を硬化させたらしい。

 このカラオケ映像については、第1に取材のしかたが正当だったのか、第2にその映像の放送の仕方は正しかったのかという2つの問題があるのだが、後者については、TBSは自らの見解をこう述べている。
 「重大事件で容疑者が逮捕された際に、その人物が日ごろどんな人であったのか、その素顔はどうなのかといった情報を視聴者に提供することは、社会の重要な関心事に応え、事件の背景を知るうえで重要であると考えております。今回の映像は、あくまでもその趣旨に則って、放送する回数も制限して使用したものです」

 放送回数を制限したというのは、その映像の使用を夕方のニュース「イブニング5」と夜の「ニュース23」に限定し、他には使わなかったという意味だ。もちろんこのTBSの見解に副島弁護士は納得しておらず、双方の応酬は続いているし、副島弁護士は他局の報道姿勢も含めて、この問題について2月5日、BPO(放送倫理番組向上機構)に申し立てを行った。

 カラオケ現場に『サンデー毎日』記者がいたことは前述したが、その取材内容は同誌12月21日号で「事件直後、容疑者は『愛の水中花』を大熱唱していた!」と題して報道されていた。記事中にカラオケ店での諒君の写真も掲載されている。

 問題はその記事のトーンで、諒君のカラオケの熱唱についてこう書いていた。「変転する事件当日のアリバイ、そして5歳の幼い命を奪った直後とは思えない陽気な行動――」「何とも無神経な男である」。諒君が知的障害者であることへの理解がほとんど見られないうえに、そもそも取材に誘ったのがこの記者の方であったことを考えれば、弁護人としては「怒り心頭」の記述だった。副島弁護士は2月9日付で『サンデー毎日』の報道姿勢を厳しく問う抗議文を送っている。

 実は毎日新聞社については、問題はこの報道だけではなかった。東金事件報道については、容疑者逮捕の12月6日の朝刊で「現場近くの男聴取へ」と前打ち報道を行った読売新聞が最も捜査当局に食いこんでいたと言われるのだが、一方で諒君に関する報道で一番踏み込んだ報道を行ったのが毎日新聞だった。

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 特に異例だったのは12月7日朝刊の紙面で容疑者逮捕を大きく報道した中で社会面に書いた「女性つけ回しも」と題する記事だった。諒君と同じマンションに住む女性が、娘に対して諒君が不審な行動をとったことがあったと証言した話は各社が報じているのだが、この記事はそれに続けてこう書いていた。

「直接取材していた毎日新聞の女性記者が、現場近くで取材をしていると、出会った勝木容疑者が後をつけてくることもあり、10月上旬には1日10回以上、無言電話などをかけてきた」

 つまり毎日新聞の女性記者も被害にあっていたとして、諒君の不審行動を際立たせていたのである。取材に伴うこういう経緯を敢えて記事にしたのは、これ自体が事件を理解するうえでニュース価値があるとデスクが判断したためだろう。さらに同紙は、12月10日付紙面でも「つきまとい3件も 勝木容疑者、事件前後に」という記事を掲載。諒君を性的不審者とする報道を強めている。

 この「3件」の情報源はもちろん警察だが、副島弁護士はこれを誤報だとして毎日新聞社に申し入れを行っている。諒君をいわゆる性的不審者とみるかどうかは、この事件を捉えるうえで大きな意味を持っており、副島弁護士はその見方は全く事実と違うと主張している。

 毎日新聞が独自の見方に基づく報道を行っているのは、諒君についてある種のイメージを抱いているからと思われるが、実はその背景には諒君と女性記者との関係が介在しているようだ。

 この女性記者が諒君に接触したのは事件直後で、最初に取材した際に、携帯電話番号の入った名刺を渡し、諒君の携帯番号をも聞きだしたらしい。諒君にとっては、自分の携帯の番号を女性に訊かれることはあまりなかったようで、どうもそれが特別なことに思えてしまったらしい。その頃、母親などに「僕、メル友ができたよ」とうれしそうに話していたという。

 その後、10月に入ってから諒君はこの女性記者の携帯電話に何度か電話をかけたようだ。多い時には1日10回以上もあったという。ところが全てがワン切りか無言電話で、女性記者はおおいに不審感を抱いた。諒君とすれば、どうも自分に好意的な友だちができたのだが、コミュニケーションをとるのができないでいたということなのだろうが、知的障害者との交流に慣れていない女性記者には別の印象を与えたのだろう。

 そしてその後、諒君はその女性記者を自分のマンションに誘う電話をかけている。「事件のことで大事な話がある」という連絡だったという。記者は「電話で話してほしい」と言ったのだが、諒君は「電話では無理」と述べ、日時を指定してマンションに来てほしいと告げた。

 翌日午後5時頃、記者がマンションを訪れたところ、諒君に奥の部屋に入るよう強く求められたという。諒君は体が大きく体格もよい男性だし、この時点で女性記者には殺人事件の容疑者という印象があったろうから、恐らくこれは恐怖の体験だったに違いない。

 副島弁護士の認識では、これは、世間がイメージするような出来事ではなく、恐らく諒君は、その記者に自分の部屋に大量にあったフィギュアやプリキュアを見せたかったのだろうと言う。無言電話なども誤解を招いた恐れはあるが、そういうことをしてはいけないと言えば知的障害者は理解するし、それに従うはずだという。つまり、この記者と諒君の関わりは、知的障害者についてある程度理解している者にとっては予想できることなのだが、女性記者にとっては異常な行動と受け止められた可能性があるということだ。

 副島弁護士に言わせると、取材過程でのそういう印象を、性的異常者であるかのような見出しのもとに記事にすることが正しい報道のあり方なのかということになる。そういう見方は「知的障害者に対する無知から生じた差別」ではないかというのだ。毎日新聞社への申し入れの中で副島弁護士はこう書いている。
 「知的発達障害の人たちがよく社会の無知・無理解からそのたまたまの気安い言動が犯罪者扱いに誤解されて、偏見をもたれて差別される現状に、いつもながら抵抗感を抱かされてきています。マスコミがこの人たちのことをもう少し理解すれば、このようなK君の事例を特別に性的不審者としてとりあげて社会的に報道することはなかったはずです」

 このあたりは、実は報道のあり方という問題にとどまらず、この東金事件を解明するうえで重要なポイントだ。諒君が被害女児に行ったとされる行動をどう考えるか、仮に彼が女児を死に至らしめたとした場合に、「殺意」をどう認定するのか、といった問題が、裁判でも大きな争点になることは間違いない。
 ちなみに、諒君は、逮捕後の自分に対するマスコミ報道には反発を表明しているが、毎日新聞の女性記者にだけは、いまだに好意を示しているという。彼の頭の中では、いまだにその女性は自分を理解してくれた優しい存在のようなのだ。
 
 副島弁護士は、毎日新聞の一連の報道について、取材現場の責任者と「開かれた新聞」委員会に申し入れを行った。報道する側が知的障害者が関わる事件だということへの認識をどう持ち、どう考えているのか問いただしたいという気持ちからだ。

 副島弁護士は、今回の事件報道全体を通じて、容疑者とされた諒君が知的障害者であったという問題に焦点をあてた問題提起がほとんどなされないことに不満を持っている。本当はそここそがこの事件の本質なのだが、報道する側も及び腰で、そこに踏み込もうとしない。障害者をめぐる犯罪報道が、当事者たちから抗議を受ける恐れがあることへの不安から、ある種のタブーとされてきた流れが、いまだにこうした現実に現れているといえる。

 確かに副島弁護士は「熱血」を絵に描いたような人で、誤った報道には激しく怒るのだが、本当はそういう報道される側の怒りと正面からぶつかりあってこそ、報道のあり方をめぐる議論も深まっていくものだ。

 今回の事件を契機にマスコミ側にも知的障害者の報道のあり方を考えようという気運は出始めているようで、2月23日にはマスコミ倫理懇談会が定例会のゲストに副島弁護士を呼んだ。毎日新聞社やBPOでも、副島弁護士の申し入れについて議論を行おうとしているようだ。

 報道のあり方をめぐる議論は抽象的に行うのでなく、こんなふうに個別の報道に即して、当事者同士が激しくやりあうのが最も好ましいと思う。この論争、随時誌面化したいし、できれば公開の議論の場も設けられたら、と考えている。      

(篠田博之)
 

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