「歴史の最前線に立ちたい」その思いで記者をめざした

Y君/全国紙、キー局内定


「歴史の最前線に立ちたい」
 東日本大震災、平和安全法制制定、北朝鮮によるミサイルの発射…。国のあり方を大きく揺るがすような災害や事件がこの数年で立て続けに起きている。
 このような歴史の1ページ目を自分の目で見て、それを伝えたい。私が記者を目指した原点だ。就活中も、この気持ちを貫けたからこそ、正直に面接に臨めたと思う。迷った時はいつもこの原点に立ち戻り、なぜ記者になりたいのかを考えていた。

留学から帰ってインターンシップに参加

 私が就職活動を始めたのは、留学から帰ってきた3年の秋からだった。周りの学生は夏インターンシップから本格的に就活を始めていたが、私がエントリーシートを書き始めたのは10月だった。
 帰国後、まず朝日新聞の4daysインターンシップにエントリー。初めてエントリーシートを書いたが、自分の思いや頑張ってきたこと、それがどのように記者という仕事に繋がるのかなど、文字にするのは難しかった。
 なんとかエントリーシートは通過。初めての面接に進んだ。面接ではエントリーシートに沿って、なぜそれをはじめたのか、なぜそう思うのか、それがどう記者につながるのかなど、20分でかなり突っ込んで聞かれた。幸い、話すのは得意だったので、その場でとっさに受け答えできたが、面接官からのフィードバックでは「面接は良かったけどESを書くのは下手くそだね」とバッサリ言われてしまった。
 自分が学生時代にやってきたことの結果ばかり書いていて、その過程でどのようなことを考え、なぜそうしたのかなどが書かれていないと指摘された。インターンシップ選考では、このようにESや面接のフィードバックを貰えることも多いので是非受けてほしい。
 また、この面接の帰り道に、偶然一緒になった他大学の記者志望の学生と仲良くなり、その後何回か作文練習やESの添削をした。特にESや作文は自分一人ではなかなかできないので、友達と練習するのは非常に良い経験だった。そうした出会いもあるので、インターンや面接など足を運べるものは運んでおいた方が良い。
 朝日新聞のインターンシップ面接はなんとか合格し、初めて新聞社のインターンシップに参加した。インターンではデジタル時代の取り組みや記者の方との座談会、地方支局への1泊2日の訪問など、記者志望の私にとってはこの上ない内容だった。人事の方とお話しする機会もあるほか、作文練習、添削もしてもらえた。記者を目指す学生には是非参加してほしいインターンシップだ。
 次にエントリーしたのはNHKの秋インターンだった。朝日新聞の反省を生かし、自分は学生時代に何をどう頑張ったのか、なぜそうしたのかなど、過程に重点をおいてESを書き上げた。結果、書類選考は通過。面接に進んだ。  会場に着くと面接のブースが何十とあり、学生もかなりの人数がいた。15分程度の面接を2回行い、番号で振り分けられて流れ作業のように面接をした。面接官は物腰が柔らかく、ESに沿って質問をしてきた。しかし「なぜ新聞ではなくてNHKなのか」という質問にうまく答えられず、あえなく不通過の通知を受けた。
 ほかの質問にはうまく答えられていただけにショックは大きかった。あらゆる質問を想定し、ほかの企業や業界と何が違うのかを再研究する必要を感じた。

年明け後も次々とインターンシップに

 その後年が明け、読売新聞の冬インターンに応募した。手書きのESが通過し、初めて筆記試験(論文)を経験した。記者志望の友人と何度も練習して貯めておいたストックから、お題に当てはまるものをうまく書けた。論文試験はその場で書くことを考えるのではなく、いかに多くのネタをストックしておくかが勝敗を分けると思う。
 論文試験のほか、2回ほど面接が行われた。インターン面接といえど、かなり深くまで聞かれる面接だった。1次面接は人事の方との2対1の面接で、2次面接はデスク級の記者の方2人との面接だった。最近の読売の記事で気になったことやコラムなど、他紙との違いを重点的に聞かれた。
 無事面接を突破し、1泊2日の支局訪問インターンに参加した。インターン当日の朝に行き先が発表され、すぐに移動。街頭取材や支局長面談、懇親会まで行われるかなりハードなものだった。実際に朝日と読売両方の支局に行ったが、全く雰囲気が違うことにも気づいた。支局ごとで違うこともあるかもしれないが、会社の雰囲気を見るためにもインターンシップは有効だ。
 冬インターンシップはこのほかにも、共同通信と日本経済新聞、そして2度目のNHKにも応募した。共同通信は手書きの書類選考だけで、作文も添付して郵送しなければならなかった。面接はなく、ES一発勝負。記者の先輩にも添削してもらった作文を書き、ESの内容もこれまでの反省を生かして何度も書き直した。結果は合格。
 インターンシップは2日間で、2日目は自分で取材して記事を書き、それを添削してもらえた。読売・朝日・共同と、何度も取材実技を行う中でなんとなくコツがつかめるようになり、自信がついてきた。
 日経新聞もESが通過し、面接に臨んだ。しかし面接官は終始無表情で、こちらの発言にもあまり反応を見せてくれず圧迫気味だった。それで焦った私も不要なことまで喋ってしまい、今までで最悪の出来の面接だった。今思い返せば、そこで冷静になって聞かれたことに端的に答えていれば良かったのかもしれない。結果は不通過。
 ここでこういう面接を経験できたのはよかったと気持ちを切り替え、2度目のNHKの面接に挑んだ。
 NHKは秋インターンと同じくブースごとにわかれて、2回面接を行った。前回うまく答えられなかった「なぜNHKなのか」という問いも聞かれたが、入念にしていた準備が功を奏し、うまく答えられた。面接官も終わるときに「熱意はしっかりと伝わりましたよ」と微笑んでくれ、嬉しかったのを覚えている。結果は合格。3日間のインターンシップに参加が決まった。

インターンで内定を得て本選考は報道一本に

 結局、インターンシップを受けた中から早期選考の話をもらい、1社内々定をいただいた。一つもらえたことで自分でも安心でき、その後の本選考は他業界は一切受けず、記者一本に絞って臨んだ。
 本選考は朝日新聞とNHKのいずれも記者職を受験した。
 まず選考があったのが朝日新聞。エントリーシートが通過し、1次面接に進んだ。ブースに分かれていて、記者の方3人との個人面接。なぜ記者なのかという基本的な質問から、「君のやりたいことは朝日新聞の記者じゃなくてもできるんじゃないの?」など、1次面接から深く聞かれた。時間は20〜30分程度で、インターンの時の話やOB訪問で聞いた話などを織り交ぜながら、なぜ朝日なのか熱意を伝えた。
 うまく答えられないところもあり、ダメかと思ったがなんとか通過。続いて筆記試験と取材実技試験に進んだ。午前中に筆記試験が行われたが、今年も時事問題はなく、800字の論文だけ。ただお題が以前書いたことのあるもので、自信を持って書けた。
 午後は受験者がグループに分かれて、朝日新聞の社員にそれぞれ集団と個人でインタビューを行って記事を書く実技試験だった。新聞によくある「顔欄」のような記事を書くので、形式などはよく新聞を読んでいないとわからない。結果は通過。最終面接に進んだ。
 最終面接は噂通りの厳かなフロアと重い扉。役員を含む7人の面接官との個人面接だった。冒頭から時事問題を絡めて「君はこの問題をどう思うか」という質問や、「トランプ大統領に1つだけ質問するとしたら何か」など、素早い頭の回転が見られる質問が多かった。1つ答えるとすぐ次の質問に移り、スピードが求められる上に、役員の方だけあってかなり緊張感があった。とにかく聞かれていることに早く、簡潔に答えることに専念した。結果は合格。その日のうちに内々定の通知をいただいた。
 続いて始まったのがNHKの選考。エントリーシートは今年から書く量は減ったようだが、その分簡潔に思いをまとめなければならない。OB訪問を何度かして、その度にESを添削してもらった。自分のこれまでの経験と、これからやりたいこと、NHKでしかできないことがどのように繋がるのか。その点を強く意識して書き上げた。書類選考は通過。1次面接に進んだ。1次面接は、インターンの時と同じようにブースに分かれて15分程度行われた。職種が記者だけでなく、ディレクターや技術など様々な学生がいたので、他社と比べて何倍もの人数がいた。
 面接では面接官が自分の良さを引き出してくれるような質問をしてくれ、落ち着いて話せた。結果は通過。2次面接と筆記試験に進んだ。
 2次面接も変わらずブース形式で、こちらも優しい面接官だった。こちらが答えたことに一つ一つ反応してくれて、雑談のような感じだった。筆記試験は今年は時事問題がなく、論文だけ。お題は噂通り漢字一文字だった。自信のあるネタをなんとかお題に合わせて書き上げた。2次面接と筆記試験の結果が合わせて評価され、通過の連絡をいただいた。
 続いて受けたのが最終面接前の人事面接。いわゆる2・5次面接と呼ばれるものだ。初めてブースではなく個室に通された。エントリーシートに沿った質問はなく、「世の中で理不尽に思うことは何か」という質問から始まった。学生のとっさの反応から本当に考えていることや内面を見ようとしているのだと思った。こちらの答えに対して面接官の反応はほとんどなく、やや圧迫気味だった。
 あまりに手応えがなく、面接が終わって泣きそうになっていたが、翌日通過の連絡がきた。反応がなくても冷静に簡潔に答えるという、日経の冬インターン面接の反省が活きた。
 迎えた最終面接。最上階のフロアに通された。面接前には2・5次面接の面接官がやってきて、「ここまできたら、あとは堂々と頑張ってください」と励まされた。
 最終は役員を含む5人による個人面接。時間は10分と短く、聞かれることはESに沿った単純なものと、「地方では何をテーマに取材したい?」などだった。答える毎に役員の方が笑顔で頷いてくれて、手応えもあった。その日の夜、内々定の連絡をいただいた。

重要なのはESや面接の場数だ

 就活を通して重要だと思ったのが、ESや面接の場数だ。どんなに緊張していても、前に聞かれた質問や経験した形式だったら落ち着いて対応できる。そのためにも、できれば多くの企業、業界のインターンや面接を受けてほしい。
 途中何度も、冒頭に書いた記者を目指す原点に立ち戻り、自己分析をし続けた。デジタル化など、変化の多いマスコミ業界だが「歴史の最前線に立つ」という基本は変わらない。この体験記がこれからマスコミ業界を受ける方々の役に少しでも立てば幸いだ。


「冒険家になりたい!」そんな夢から出版社へ

Mさん/出版社内定:
「冒険家になりたい!」
 そんな子供のような夢から、私のマスコミ就活は始まった。

「歴史の最前線に立ちたい」その思いで記者をめざした

Y君/全国紙、キー局内定:
「歴史の最前線に立ちたい」
 東日本大震災、平和安全法制制定、北朝鮮によるミサイルの発射…。


アナウンサー就活から最終的にテレビの報道へ

Rさん/キー局、全国紙内定:
「文章を書くのがうまいね」
 小学校や中学校の教師からよくほめられた。

「なぜ記者になりたいか?」自分を見つめ直した就活

Tさん/全国紙・NHK・ブロック紙内定:
 幼稚園の頃、私は両親に「作家になりたい」と言っていた。高校時代は、



地方紙受験で始まった就活はキー局内定で幕

H君/キー局内定:
 私の就職活動の開始時期は1月と遅く、さらに、留学経験もなければ、大学でメディアについて学んでいたわけでもない。

「本を作る人になりたい」その思いから出版社へ

D君/出版社内定:
本が好きというだけでは志望動機にならない
 本を作る人になりたい、という思いは、


面白いことをしたいと広告を志望した

Y君/広告会社内定:
インターンのお題が独特で徹夜するほど熱中した
 お笑いが好き。旅行が好き。政治学が好き。目立ちたがり屋で