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映画「ザ・コーヴ」に気になる上映中止騒動が...

 現在進行形なのでなかなか書きにくいのだが、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画「ザ・コーヴ」が日本で予想通り物議をかもし、へたをすると上映中止といった事態もありえる事態になってきた。ちょうどあの映画「靖国」がたどった経緯と雰囲気がそっくりだ。

 3月下旬からマスコミ試写会や関係者による特別試写会が始まったこの映画だが、既に立教大学での自主上映が、弁護士からの抗議で中止になっている。映画でターゲットとなった和歌山県太地町の漁民たちが弁護士を通じて抗議を行っているのだが、これについては配給側との話しあいを経て、撮影された人たちの顔にモザイクをかけたり(肖像権の問題だ)、注釈のテロップを加えるなど修正を施して何とか上映だけは行いたいというのが製作側の意向だった。

 ところがこうした動きと別に、4月9日から右派団体が配給会社へ実力による抗議行動を開始し、予断を許さぬ展開になってきたのだ。団体はこの映画を「反日映画」として上映中止を要求、配給会社に「天誅」をと叫んでいる(当事者たちは街宣右翼と一緒にされることに反発して「右翼」と呼ばれることを否定しているようだ)。こうした抗議行動が映画館などにも行われることになると、映画「靖国」の時のように興行側が上映自粛に踏み切る怖れもある。

 製作側はもちろん日本社会に問題提起を行うために映画を作ったわけだから、日本での抗議や批判は覚悟のうえだろうが、映画を上映する映画館は興行としてそれを行うわけで、表現の自由のために闘うといっても限界はある。映画「靖国」の時は、ネットなどを通じて「反日映画」だとの非難と抗議が呼びかけられ、一部の右翼が映画館に抗議を行った段階で、映画館側がなだれを打って自粛に走り、一時は全館上映中止という事態にいたったのだった。

 私は「ザ・コーヴ」については、3月下旬に関係者が主催した自主上映を見たのだが、この映画が日本でどんな議論を引き起こすか興味を抱いた。ひとつはドキュメンタリー映画のあり方として議論の対象になり得るし、もうひとつはいわゆる捕鯨問題の観点からだ。日本の捕鯨のあり方を批判したこの映画を日本で上映するというのは、原爆批判の映画をアメリカで上映するようなもので、日本社会でどんな反応が起こるかは非常に興味深い。

 この映画がアカデミー賞を受賞した時には、「こんな日本叩きの映画になぜ権威ある賞が」という地元の困惑を伝える論調のマスコミが多かった。捕鯨問題やクロマグロをめぐる欧米と日本の対立をめぐっては、概ね日本国家の立場を踏まえてというのが大手マスコミの基本的スタンスだ。だから真っ向から日本の捕鯨(イルカ漁を含む)を批判したこの映画が物議をかもすのは明らかだった。

 ところが、議論どころかこのままだと上映そのものが潰れていくことになりかねない。
日本の捕鯨を批判した映画が日本で上映できなくなるというのは、捕鯨問題と別の「日本における表現の自由」の問題が問われることになる。

 先頃紹介したように、例えば異才・渡辺文樹監督の映画は、右翼団体から激しい抗議を受けながらも上映が敢行されるのだが、これは最初から商業映画館と別の自主上映というスタイルをとっているから可能になる。もともと原一男監督の「ゆきゆきて、神軍」の頃までは、タブーに挑戦するような映画は自主製作自主上映が基本だった。その後、ミニシアターが増え、ドキュメンタリー映画も商業映画館にかかるようになったのだが、一方で「靖国」上映中止事件のようなことも起こるようになったわけだ。

 その意味でこの「ザ・コーヴ」上映がどうなるかは、様々な意味で重要な問題だ。有意義な議論を作るためにも、まずメディア関係者などその機会を与えられている人たちはできるだけ試写会などに足を運んでほしい。一時は大きな議論になりながら、喉元過ぎると一気に忘れられてしまった映画「靖国」をめぐる事態から、我々が何を学習したかが問われているといえる。

 ちなみに映画「靖国」上映中止事件については、当時の議論をまとめた『映画「靖国」上映中止をめぐる大議論』が創出版より刊行されており、森達也、宮台真司、原一男など論客のドキュメンタリー映画論が展開されているので参考にしていただきたい。「靖国」騒動の時、指摘されたのは、今の日本社会を取りまく「自主規制」という規制の恐ろしさだ。

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