僕が電通内定を辞退した理由

元就活浪人生


〔はじめに〕ここに掲載したのは、『マスコミ就職読本』2015年度版入門編に電通への合格体験記を書いた学生の手記だ。みなが憧れる電通に内定!という体験談が書かれた『マス読』が発売された後、何と、その電通の内定を彼は辞退し、某映画会社に進むことにしたのだという。ちなみに彼は就活浪人経験者ながら、もう1社、大手広告代理店の内定を辞退してもいる。大企業志向が強い今どきの学生としては珍しい!というわけで、今回、その経緯を書いてもらった。

●なぜ電通の内定を辞退したのか

 全く傲岸不遜としか言いようがないのだが、右のタイトルから皆さんがお気付きの通り、僕は元電通内定者だ。

 内定者が、誘いを断って他の企業を選ぶ場合、きっと納得のいく理由や、止むに止まれぬ事情があって然るべきなのかも知れない。ましてや?世界の電通?の内定を辞退して、他の会社に行くことになったともなれば、なおさら何かがあると思われるのだろうし、だからこそこうして記事を書かせて頂ける訳なのだが、申し訳ないことに、自分はそんな、大層なドラマを持ち併せてはいないのである。結局僕は、電通に行かず、とある映画会社(以下A社と呼ぶ)に行くことにした。ただそれだけの話なのだ。

 そもそも「人生の意味」だとか「生涯の目標」とかそんな大それた事を考えもせず、毎日を享楽的に生きている学生が、3年次の12月を境に突然就職活動という一大戦争に身を投じる事自体がちんぷんかんぷんだ。もちろん中には自分の進むべきレールを淡々と構築し、進んできた学生もいるだろう。人生の意味に気付いて、そもそも大学に行かない若者だっているはずだ。

 でも自分はそんなレールは持ってないし、人生の意味に目覚めてもいない。まあそれでも文句を言いながらも右向け右で、なんとかリクナビに登録だけして、就職活動という戦いに身を投じていったのだ。

 しかし、ちょっとシューカツがわかってくると、選り好みしたい気持ちも湧いてくる。「ブラック企業というやつは避けた方が良いらしい。でも日本の企業はなんだかんだでどこも残業させられるらしいし、だったら自分の好きなものを扱っている企業を受けてみよう」……こんな流れで、特撮が好きな自分の第一志望は老舗の映画会社に決まった。

 今になって思えばアホ丸出しで、「仮に映画会社に行けたとしても、バックオフィス系になってしまったらどうするつもりなのか」、「特撮が出来なかったらどうするのか」という懸念が残るはずなのだが、僕という男はその可能性については「なんとかなる」程度にしか考えていないのである。

 それにしても常々思うのは「シューカツ生」という身分のありがたさである。「OB訪問」とかいう名目で、一流企業のエライ人にお会いして頂けるし、良いお店のウマイ飯まで付いてくる。

 しかし自分はと言えば、そんなオイシイOB訪問をほとんどしなかった。あれよあれよと70近い企業にエントリーしてしまったため、1月、2月と、ESの締切りに追われる日々を送っていたのである。その後、日に4〜5社というハイペースで面接を受けまくる日が続いた3月、そしてその倍以上のウルトラハイペースでみるみる持ち駒が減っていった4月を経て、ようやく自分も5月になる頃、シューカツ生から内定者にジョブチェンジ出来た。初内定は、電通からだった。

●内定を得てから自分探しの旅へ?


 白状すれば、こんな計画性も想像力もまるでない自分が、電通みたいな、なんだか物凄い企業でやっていけるかどうか不安はあった。けれどそんな不安を軽々と超えて、「日本のトップ企業にどんな面白い人たちが集まってくるのか」、「その渦の中に身を投じたら自分は一体どうなっていくのか」という、強烈な興味と期待感があった。僕はきっと間違いなく、電通に強く惹かれていたのだ。でも、そうしたある種の憧れ以上に、当時の自分に眩しく映ったのが、A社だったのだと思う。

 9月中旬のよく晴れた日。両社の人事の方に返事の電話をかけたこの日の事を、僕はきっと忘れない。なにしろ、電話を握ったその瞬間も、まだどの会社に行くか決められていなかったのだから。結局、旅をして、どれだけ多くの人に話を聞こうとも、答えは出せなかった。というか、答えなんてどこにもない事がよくわかった。あるのはただ選択だけだ。

 だから最後はもう、憧れとか眩しさとか、きっとすぐに来るであろう後悔とか小難しいことは考えず、ただその時の自分に従った。「本当に良いのか?」と、電通の人事の方は、こんな優柔不断な自分の事を最後まで気に掛けて下さった。でも良いんです、これで。

 人間なんて、所詮こんなものなんじゃないかなと思う。最後の最後は直感で動く。それを最後まで頭で制御し切るのが一流のサラリーマンで、それこそ超人なのだと思う。僕がこれからお世話になる会社は、決して業界トップではないけれど、トップには持ち得ない魅力で、僕を圧倒してきた。と言うか、ここまで偉そうに講釈を垂れておきながら、自分はまだ何も成してはいないし、そもそもまだA社に入ってすらもいない。大体自分というのはどこまでも極端な人間なので、A社を選ばせてもらったときと同じような直感で、来年の4月には会社を辞めて漁師にでもなっているかも知れない。でもそれが、変えられない「自分の性」というやつなんじゃないかと、そう思うのだ。