トップ> 月刊「創」ブログ > 創出版: 2011年4月アーカイブ

創出版: 2011年4月アーカイブ

 ここに書くのは、あくまでも『創』編集長としての見解なので、ご承知おきいただきたい。『創』5・6月合併号が4月7日に発売されてすぐ、佐高信さんのコラム「筆刀両断」がネットで話題になっていることを知った。佐高さんは、今月のコラムで、東電などの広告に登場して、原発PRに一役買ってきた文化人を批判したのだが、その中にC・Wニコルさんも加えていた。これはニコルさんが『山と渓谷』のパブリシティ「TEPCOのECO対談」に登場していたためだ。ただニコルさん側としては、その記事でも原子力の話はしていないし、原発PRに協力したつもりはない、という見解だ。そしてご自身のブログで、「原発PRに協力」というのは誤りだと本誌記事に抗議した。
http://www.cwnicol.com/pdf/110410_gonin.pdf

 実は本誌発売直後から、佐高さんの記述がブログやツイッターで話題になり、ニコルさんの事務所に抗議や問い合わせが相次いだらしい。なかには「日本から出ていけ」などと嫌がらせと思われるようなものもあったという。ネット社会で増幅される過程で、ニコルさん批判が歪んだ形でひとり歩きしてしまったらしい。これについては編集部としては、本当に遺憾なことだと思う。

 ニコルさんの事務所から配達証明で抗議文が届いたのは4月12日だった。編集部としては、12日に配達証明が届いてすぐに佐高さんにファックスでそれを伝え15日に佐高さんの事務所を訪ねて事実関係の確認と今後の対応を協議した。ちょうどその日、『週刊金曜日』でも佐高さんは「原発文化人」批判を特集で展開していた。そして同誌編集部の解説の中でニコルさんの『創』への抗議についても言及し、こう反論していた。「だが、電力会社は自身のイメージ向上を図ることで原発の危険性を中和してきた。電力会社がカネを文化人に出すのは利益追求のために利用できるからでしかない」。ちなみに、この反論については本誌編集部は関知していない。

 ニコルさんが東電のパブリシティ対談に登場したのは、親しくしている『山と渓谷』の企画だったという事情もあったようで、そのパブ記事に登場したことをどう考えるかについては、いろいろな意見があると思う。少なくとも佐高さんとニコルさんとの間に見解の違いがあることは明らかだ。佐高さんは、企業の広告やPRに作家や文化人が出演する場合は(恐らく通常の原稿料よりずっと高額のお金が払われているはずだし)、その責任についても自覚すべきだという意見だ。
 ただ本誌編集部としては、そのことだけを問題にするよりもむしろ、ニコルさんと佐高さんが今回の地震や原子力問題について議論を深めるのが生産的な対処の仕方であるように思う。これまでニコルさんの書いたものを読んできた人たちも、今回の震災や原発事故にニコルさんがどういう感想なり意見をお持ちなのかは興味あることだと思う。


 そこで、本誌としては、ご両人の対論を『創』次号で行うことを提案し、双方にお願いした。本誌は以前、「天敵」と言われた佐高さんと猪瀬直樹さんの対論を実現させたこともある。その時に比べれば、今回の両者は、本当のところは対立する立場ではないのかもしれない。
 いま編集部は両者と協議中だ。ぜひ対論を実現させるべく努力したいと思う。
                      (『創』編集長・篠田博之)

 震災と原発報道について様々な論評が出ていますが、月刊『創』最新号でも連載陣がそれぞれ、これについて書いており、佐藤優「東日本大震災と沖縄」、柳美里「疎開」、香山リカ「今できることは、何もしないこと」など、お勧めです。

 中でも特に読んでほしいのがノンフィクション作家の吉岡忍さんと、「報道特集」の金平茂紀さんの対談「今、大事なのは『事実』と向き合うことだ」です。この対談、吉岡さんが東北から帰京した直後、金平さんが翌朝早く現地に向かう数時間前という、お2人のスケジュールがたまたまあった2時間を使って収録されたものです。
 その中で金平さんが強調していたのは、被災現地で行政が対応不能になってしまった状況の中で、住民たちにある種の「自治」が生まれているという現実です。吉岡さんがそれを受けて、被災者を「弱者」という目だけで見てはいけないと指摘。阪神大震災の時は、そういう被災者たちの中にボランティアが入ったことでもうひとつのコミュニケーションの回路になっていたと言っています。
 そして、今回不幸なのは、福島原発事故のせいでボランティアが被災地になかなか入れず、その回路が断たれていることだ、とも。
 吉岡・金平両氏とも、3・11は、日本人の価値観にある種の転換をもたらしたという認識では一致し、その中で我々に必要なのは、事実や現実にしっかりと向き合うことだと言っています。
 14ページにも及ぶ対談ですが、いろいろな点で重要な示唆を与えてくれる内容です。ぜひご覧ください。

上杉隆さんがキャスターを務める朝日ニュースターの「ニュースの深層」に、本誌編集長・篠田がゲスト出演し、震災・原発報道とメディアについて話しました。放送は初回が4月12日(火)夜8時からです。http://asahi-newstar.com/web/22_shinsou/?cat=18
 控室で上杉さんが先頃、TBSラジオ「キラキラ」を突然降板させられた話が出たのですが、まあこれについては機会を改めて書くことにして、番組で話した私の震災・原発報道についての感想を、ポイントのみ紹介しておきます。詳しくは来週の番組を見て下さい。 
 ちなみに今回の原発報道については、朝日ニュースターは本当に健闘しています。というか、地上波がダメなので、この番組の独自性が光っていると言うべきか。こういう時こそ大切な「言論の多様性」の確保におおいに貢献しています。先般、ビートたけしさんが「原発については地上波とCSと全然違ったことを言っているので、何が正しいのかわからない」と言ってましたが、違った言論がきちんとメディアで伝えられることが大事なんですね。

 で、その番組でも話した、このところの震災・原発報道について思う事柄なのですが、ポイントのみ簡単に紹介します。


(1)今回の震災を「国難」だという指摘が多く、それは間違っていないのですが、そういう状況下で報道機関はどんなスタンスをとるべきかが問われています。政府は国民がパニックになるのを回避するために「安全」「安心」「直ちに危険はない」と強調し、それが原発事故については次々と「事実による反撃」を受けているという、危機管理においてはほとんど破綻状態なのですが、問題は報道機関もそれに引きずられていること。昨日言ったことが今日になると間違っていたという現実を次々と見せられることは、市民の政治不信とともにメディア不信を増幅することになっており、報道機関が国家ないし政府との距離をきちんととれないというのは、致命的なことです。非常時といえど、メディアが我を忘れて政府と一体となって「安全」「安心」だけを広報する機関になってはいけないのです。

(2)原発問題については、20年ほど前、「朝まで生テレビ」でよく賛成・反対両派のディベートをやっており、こういう立場の人がこういう発言をしているのだと、見ている方はリテラシーを働かせて受け取ることができていたのですが、今回の報道ではそれができていません。この10~20年ほど日本社会から批判勢力、カウンターパートが放逐されることで、いつのまにか「原発反対」の論者は、大手マスコミでは見かけなくなってしまいました。今回の事故報道では、学者が各局登場していますが、それぞれの人がどういう立場から発言しているのか明示されず、ただ「教授」とかいう肩書きだけで解説を行っています。市民にすれば問題は「事実は何なのか」ということなのですが、今の地上波の報道は、解説者のスタンスが明示できていないことも含めて、その市民の欲求に応えられる報道になっていないのです。これはもしかすると、この20年、日本から社会的な批判勢力がパージされていったことのツケが現われているということかもしれません。
 海外だと原発反対運度が盛り上がり、「フクシマ」は国際的キーワードになっているようなのですが、肝心の日本では浜岡原発など一部を除けば、そういうリアクションが目立たない。これ、よく考えると深刻なことかもしれません。つまり日本ではこの20年、大政翼賛化と画一化が進んだということなのですね。


(3)このところの「自粛」ムードの高まりは、昭和天皇死去の時とよく似ているのですが、これもよく考えると怖い現象です。節電に協力するといった合理的な自粛はよいのですが、演劇やらスポーツ大会を中止することが、被災者への配慮になるわけがないのに、自粛の連鎖が急速に拡大しています。8月の花火大会まで中止になっていくようなのですが、復興支援に逆行するようなこういう現象がなぜ起きてしまうのか。突出したことをやって「不謹慎」との非難を浴びると、まさに「非国民」扱いされかねないという、そういう風潮を皆が怖がっているわけです。昭和天皇の過剰自粛の時は、当の天皇家が「過剰自粛を避けよう」というアピールを行うという、ジョークのような展開になりましたが、今回もそれに近い状況です。

上記3つの事柄について問題なのは、政府の危機管理が破たんしていくのが同時に、政府広報を垂れ流すだけのマスコミの不信、破綻にそのまま連動していっていることです。マスコミはそろそろ独自のスタンス、国家との距離のとり方を考えないと、メディア不信が一気に爆発することになりかねません。これ、すごく深刻な問題なんですが、日々の報道に追われている大手マスコミがどれだけそれを認識しているのか。

 4月7日、月刊「創」5・6月合併号が発売されました。特集は地震以前から進めていた「マンガ市場の変貌」についてですが、それ以外は「震災とメディア」について様々な論者が論及しています。例えばノンフィクション作家の吉岡忍さんとTBS「報道特集」のキャスター金平茂紀さんの対談など、相当読み応えある内容です。作家の柳美里さんが原発事故に対して家族ともども大阪に「疎開」した話など、『創』ならではの記事が満載です。ぜひご購読していただいて、震災・原発報道について一緒に考えて下さい。
 お願いします。(篠田博之)