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「黒バス事件」の真犯人は「虐待といじめ」──香山リカ(「創」5・6月合併号より)

「黒バス事件」の真犯人は「虐待といじめ」──香山リカ(「創」5・6月合併号より)

 当誌篠田編集長の「YAHOO!JAPAN」でのブログで公開された「黒子のバスケ」脅迫事件公判の冒頭意見陳述を読んで、被告(以下、「彼」と表記)のあまりに過酷な人生に胸が詰まった。
 彼はこの事件を「人生格差犯罪」と類型化している。事件で脅迫の対象としたマンガ「黒子のバスケ」の作者は、被告が「手に入れたくて手に入れられなかったもの」をすべて持っている人で、「この巨大な相手にせめてもの一太刀を浴びせてやりたい」と犯行を思い立ったのだという。この意見陳述によれば、彼はこれまで「年収が200万円を超えたことは一度も」ないのだそうだ。地元でいちばんの進学校に進むなどすぐれた学力を持っていたはずの彼が、いわゆるワーキング・プアとして生きなければならなかった。そう考えると、彼は不平等社会、格差社会の被害者とも言えるかもしれない。
 では、格差社会こそがこの事件の真の犯人なのか。しかし彼はそれ以上、「自分の事件は社会のせい」と主張するつもりはないようで、別の箇所ではこう自己批判的に分析する。「10代20代をろくに努力もせず怠けて過ごし生きて来たバカが、30代にして『人生オワタ』状態になっていることに気がついて発狂し、自身のコンプレックスをくすぐる成功者を発見して、妬みから自殺の道連れにしてやろうと浅はかな考えから暴れた」。
 だとしたら、社会を批判しながらも、彼はやはり「悪いのは自分」と考えているということか。
 それに続く箇所で、彼は事実としてはたしかにその通りなのだが、「自分の主観ではそれは違う」と心情を吐露する。ずっと「生まれたときから罰を受けている」と確信し、「誰かを愛することも、努力することも、好きなものを好きになることも、自由に生きることも、自立して生きることも許されなかった」という感覚を抱いて生きてきた、というのだ。
 なぜ、そんな感覚を抱くに至ったのか。彼は「自分に対して理不尽な罰を科した『何か』」が存在したことは認めるが、その「何か」をひとつに絞ろうとはしない。おそらくそれはそのときどきで「格差社会」になったり、すべてに恵まれて見えた「黒子のバスケ」の作者になったりしたのだろう。
 しかし、文章の中に実はその「何か」の正体は、しっかりと書かれている。それは「両親」と「いじめに対応してくれなかった担任教師」だ。
 両親についての記述は少ないものの、虐待があったことがうかがわれる。31年前、つまり5歳のときには母親から「お前は汚い顔だ」と言われ、26年前、つまり10歳のときには父親にテレビアニメを見たいと頼んで殴り飛ばされた、という。さらに小学1年からいじめにあうが、担任教師も両親も「まともに対応してくれなかった」と述べる。
 両親や担任教師に何を言われ、何をされたか、またいじめがどういうものだったのか、彼は詳細を語ろうとはしない。ただ、逮捕されて手錠をされたときも「いじめっ子と両親によってはめられていた手錠が具現化しただけだ」とショックさえ受けなかったり、この先、刑務所でいじめがあっても「刑務官さんたちは、自分の両親や小学校の担任教師よりはきちんと対応して下さる」はずと思ったりしているところを見ると、まわりにいたおとなたちへの不信感は相当のものだ。逆に考えれば、それほどひどい扱いを受けてきたということでもある。
 「違う」と本人に反論されるかもしれないが、彼は格差社会の犠牲者なのではなくて、親による子ども虐待の犠牲者なのだろう。
 今世紀に入り、虐待の研究があらゆる角度から行われるようになった結果、子ども時代に親から受けた虐待は、これまでの予想よりずっと深刻な影響をその子の一生にもたらすことがわかってきた。しかも、性的虐待では脳の後頭葉の容積低下、激しい虐待でなくとも体罰レベルで前頭前野の容積低下、虐待によって生じるトラウマでは海馬の容積低下といったはっきりした脳の器質的変化が起きることも知られている。
 この分野にくわしい精神科医の杉山登志郎氏は、著作や論文で繰り返し「子ども虐待による後遺症の重篤さ」を訴え、こう言う。
「わが国において子ども虐待への対応が後手に回り、既に破綻を生じている理由は、子ども虐待によってもたらされる病理の過小評価に全てが起因している。(「発達障害と子ども虐待」、『日本精神神経学雑誌』)
 杉山氏が言うには、親に代表される親しい養育者との親密な関係を指す「愛着」は、「対人関係の基礎であるだけでなく、自律的情動コントロールの基盤である」。親に子どもがなつき、親がそれを受け入れてこたえる、という愛着行動の繰り返しによって「養育者が幼児の中にやがて内在化され、目の前に存在しなくとも、不安に駆られることがなくなってくる」。そうやって温かみのある養育者を自分の中に内在化することができた子どもは、落ち着きや感情コントロール、それに倫理や規範の意識を形成できるようになっていくのだ、
 では、目の前の養育者が子どもからの呼びかけにこたえてくれず、愛着の関係を築けなかった場合は、どうなのだろう。自分を見てもらおうと過剰にまとわりついたり、顔色をうかがってサービスしたり、それでもダメならわざといたずらをしたりする子どもも出てくるだろう。その中には、「落ち着きがない」として発達障害のひとつである注意欠如・多動性障害と診断されるケースもあるそうだ。また、子どもはたとえ養育者に虐待されても「何らかの愛着を作らずに生きることは困難」なので、そこに「虐待的絆」というゆがんだ愛着を形成することもあると杉本氏は言う。
 これは私の勝手な憶測なのだが、この脅迫事件の彼にとっては、「生まれたときから罰を受けている」という感覚こそ、自分に冷淡な親との「虐待的絆」のために不可欠なものだったのではないだろうか。つまり、「お前は汚い顔だ」と実の母親にののしられ、そんな母親との絆を確認するためには、「自分は罪深い存在だから親にバカにされて当然なのだ」あるいは「罪深いからこそ、親にののしられるという形でかかわってもらえるんだ」と思うしかなかったのではないだろうか。ここで彼にもし「罰を受けている」という感覚がなければ、それなのになぜ親に愛されないのか、自分でも説明がつかなくなる。また、親を一方的に恨まなければならなくなるだろう。それを避けるためにも、「罪深い自分」という存在を作り上げることで、かろうじて親と虐待的絆を築くしかなかったのである。
 やはり虐待の問題に取り組む精神科医・高橋和巳氏は、近著『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』(筑摩書房)で、虐待された子どもを「異邦人」と呼んでいる。同書から引用しよう。これこそ、まさに「黒子のバスケ」の脅迫犯の姿と言えるのではないだろうか。
「彼らは、他の大多数の普通の人と同じ社会の中に生き、その社会の共通ルールである『社会的規範』を理解し、それを守って生きている。しかし、他人と感情を共有できないため、安心を知らず、人を信頼できない。例えて言えば、彼らは別の星で生まれ育ち、地球で生活するためにやってきた。社会のルールを詳しく教え込まれたが、心の交流の仕方がまだ分からないので不安で孤立している。そんな異星人のようである。」
 高橋氏によれば、感情を他人と共有できないために、彼らは幼稚園や学校でまわりの人たちとの関係性の中で作られていく「自分はどんな子なのか」という自己像を作ることができない。そして、ふつうは思春期に親から精神的自立を始めるのだが、最初から親とつながっていない虐待を受けた子どもたちは、思春期を経ずにいきなりおとなになるという。再び引用しよう。
「こうして彼らは感情を共有できずに生き、社会的規範は守っているが、その対価である安心や信頼を知らない。だから、社会的存在にはなりきれず、孤立した、不安定な存在のままで、自分がいるのか、いないのか、いつも疑問である。」
 高橋氏の著作には、こういう人たちがおとになってからどうやって再び社会的存在として生き直せるか、あるいはどっぷり社会的存在にならなくとも生きるにはどうしたらよいかの方法が、具体的なケースとともに記されている。しかし、先の杉本氏は、そのためにもまず大切なのは、虐待によるトラウマやそれがもたらすフラッシュバックを消失あるいは軽減させることだと言う。
 実は私自身、虐待を経験しておとなになったケースにはこれまで、その本質にあるトラウマにまで切り込まず、「いかにいまを生きるか」に焦点をあてた"生き直し"をはかってきた。しかし最近、それだけではどうしてもうまくいかない複数のケースを経験し、やはり「トラウマにどうやって真正面から向き合い、どうやって消すか」を考えないかぎり、この問題は解決しないと思い知らされているところであった。
 高橋氏が言うように「自分がいるのか、いないのか、いつも疑問」であったはずの彼は、脅迫事件を起こしてついに「これが自分なんだ」という実感を味わうことができたのであろうか。とはいえ、それに伴って払わなければならない代償はあまりに大きかった。
 私は、彼が出所後に虐待の問題に通じた良き治療者と出会うことによって、その問題は必ず好転すると考える。格差社会への処方箋や治療は容易ではないが、親からの虐待によって抱えなければならなくなったトラウマにはアプローチする手立てがあるのである。もちろんここで「親が悪い」と言うのは簡単だが、あえてその話はせずに彼自身の問題に絞って考えてみた。
 そして、これは言うまでもないが、いちばん大切なのはこれ以上、虐待が起きないように親たちをサポートするシステムを社会が用意しなければいけない、ということだろう。「虐待は絶対ダメ」といった強制的な禁止だけでは、この問題は永遠に解決しないのだ。

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