月刊「創」ブログで“三浦和義”タグの付いているブログ記事

三浦001.jpgのサムネール画像
 ロスで謎の死を遂げた三浦和義さんについては発売中の月刊『創』12月号で詳しく報告していますが、その発売にあわせて、ここで『創』5月号に独占掲載した三浦さんのサイパンでの独占手記を公開します。結局、2月の逮捕後、公に三浦さんが発表したものはこれだけになってしまいました。

 

 

 

 


三浦002.jpg
  三浦さんは白紙に自分で罫線をひいて原稿用紙を作り、その34枚の原稿を知人に託して編集部に届けてきました。手記には逮捕直後の不安な心境や、今後の闘いについての決意などが書かれています。逮捕後、膨大な報道はなされましたが、三浦さんが自ら直接心情を吐露することはなかったため、様々なメディアが独占手記を依頼しましたが、長年信頼関係にあった『創』を選んで発表してくれたものです。この手記は掲載直後に大きな反響を呼び、NHKを始め多くのテレビや新聞がニュースとして報じました。
 

 その後、三浦さんは拘束場所が変わるなどしたのですが、その後の様子については、発売中の『創』12月号に現地で面会したジャーナリストの山口正紀さんらが詳しく報告しています。


 なお三浦さんの死因をめぐっては、いまだに当局と弁護人側の意見が対立。既に11月3日に日本で葬儀が行われましたが、そこでの挨拶で、喪主である三浦さんの妻はいまだに「死因未確定」とされている現実を明らかにしました。この後、12月初めに改めて三浦さんを偲ぶ会が開かれる予定です。(月刊『創』編集部)

081103_2058~03.jpgのサムネール画像 夕方6時から7時に行われ、焼香はその後も続きました。 予想外に参列者が多く、200人くらいになりました。椅子は関係者を含めて60くらいしか用意してなかったのですが、6時過ぎになるとたくさんの人が来て、坊さんは時間が来たので退席したのですが、弔問客がその後も続きました。 私・篠田は関係者席でしたが、懐かしい顔ぶれもたくさん来てました。例えば恵庭事件支援の人がわざわざ北海道から駆け付けたり、連合赤軍事件の植垣さん、グレートサスケさん(間違ってタイガーマスクといってる人がいましたが)等々。

 鈴木宗男議員の息子も。左翼から右翼まで三浦さんの人脈の広さを物語るものでした。
 私が座ったのは良枝さんの斜め向かいでしたが、彼女、最初から泣いていて、喪主挨拶は号泣という感じ。夫がいまだに死因が未確定となっているという訴えには、列席者ももらい泣きしてました。弔辞はこのほか、弘中弁護士、青山学院大教授の新倉修さん、ジャーナリストの山口正紀さん。挨拶の途中で山口さんが泣きだしたのも印象的でした。何しろわれわれにとっては三浦さんは20年来の友人ですから、こんな不審死で最期と遂げたというのは誰もが予想外だったし、胸の収まりがつかない人が多いはずです。司会は人権と報道・連絡会の山際さんが務めました。

 葬儀が終わっても帰る気になれない人が多く、缶ビールを買ってきて控室で良枝さんらと語る機会が設けられました。それが終わったのは8時過ぎ。
 会場を出ると、まだマスコミがたくさんいて、良枝さんが遺骨を持って車に乗り込むところを撮影していました。私も携帯で撮影しましたが、あまりいい写真じゃないな。いずれ主催者が撮影した映像が公開されると思います。

 それにしても三浦さんの死は本当に衝撃でした。月刊「創」12月号で特集を組んだのでご覧ください。和歌山カレー事件の林さんの追悼文など壮絶です。(篠田博之)

購読

フィードリーダーを利用して検索結果を購読すれば、“三浦和義”というタグの付けられたブログ記事が公開されたときにすぐにアクセスできます。

購読する 購読する